BMI25以上30未満という「小太り」の状態を「肥満」とした日本のメタボについて考える。




おはようございます。リンさんです。

昨年より偉大な米国の大統領さまのお陰か「フェイクニュース」なる言葉が流行していますね。早い話、見解の異なる者同士が同じニュースを見た場合、これは「正しい」「間違っている」という2つの極端な判断をする事はむしろ当たり前なんですが。

これがどうにも上手いこと弁明として与えられることを大統領さまが提示してしまったせいか、至る所で「フェイクニュースだ」「ニセモノだ」との大騒ぎ。

当たり前の話を「嘘だ」「デタラメだ」と言い張って、本来の議論というものは見失われていないか心配です。

しかしフェイクニュースなど気にするなと言っても気になるものです。つまりフェイクニュース自体「そもそも論として存在するし、配信者に都合の良い事実しか伝えないのはマスコミの常套手段である」と思えばいいのですが、そう考えると困るのがニュースソースの正誤の判断です。

アドラー心理学的に言えば「ニュースの正誤の判断はそのヒト自身の問題であり、配信者の気にするところではない」という課題の分離で成り立つわけですから、ニュースの正誤も「健康自主管理」と同じ考えで自分の中で処理しなきゃいけないと思っています。もちろんニュース配信者の倫理観の欠如は大層重大な問題ですが。

この考え方に基づくと最終的に1番困るのが「取材不足などの理由によるフェイクニュース」です。これはニュースソースとして最悪の部類に入るものでしょう。何と言っても取材力が無いヤツが真実だと思って配信しちゃったわけです。こうなると正誤の判断なんてあったもんじゃありません。

というわけで、頼むぜ産経。

忖度大好き、日本

忖度って言葉、流行りましたね。今思ってもあのオジサン何をしたくて公の場であんなことを言っていたのか謎なんですが、トラの威を借りていたのに、そのトラにマジで嫌われた時、トラもまとめて破滅してやろうとでも思ったのでしょうかね。

大きな権力を持った相手に気に入られて自分が偉くなった気になるのは勝手になさってねって話ですが、それが自らの醜い自尊心と合わさった時、どうしようもない人間が誕生するのかもしれませんね。

しかしそんなどうしようもないオジサンを作り続けるかもしれない「忖度大好きシステム」が日本には存在しています。今回はそんな忖度によってBMIの日本基準が定められたんじゃないのかというお話。

世界基準でBMIを見てみると?

日本ではBMI25以上30未満は肥満度1という分類になっています。BMI24.9以下、つまり肥満度1の直下が標準体重という分類になるので、標準から逸脱したら即肥満という判定基準という事が言えます。

おそらく誰もが小耳に挟んだ情報かもしれませんが、BMI25以上30未満の男女が全てのBMI基準の中で総死亡率が低い。つまり肥満度1に分類される小太りちゃんが1番長生きだというデータがあります。このデータでは80代以上を除く全ての世代でそういう傾向が読取れます。

80代以上が何故対象外なのかというと、おそらく寿命の関係じゃないでしょうか。ヒトは120歳まで生きる事が出来る基本設計をしていると言われていますが、実際の寿命は多くの要因でそれほど長くならないんじゃないかな、と。

このBMI25以上30未満で肥満度1という状態が最も長生きであるというデータから考えると、これが肥満度1と判断されるには少し違和感を覚えますよね。

ここで世界基準のBMIで物事を考えてみます。WHOが定めるBMIでは30以上が肥満、25以上30未満は前肥満や過体重という分類です。小太りというわけですね。

欧米の体格で考えるとBMI25程度というのは「身体がガッシリしているな」くらいの印象です。BMI30以上、40くらいのクラスになると肥満だとひと目で分かるくらいです。

比して日本でBMI25以上となると「太ってるな」という印象を持ちます。こういった認識の差がBMI判定の差をもたらす一因であると考えられます。

もう1つ考えられる事が、全人口に見る肥満者の割合です。

海外(特に肥満概念輸出国・アメリカ)ではBMI30以上で考えても30%程度が該当しますが、日本でBMI30以上となると全人口の3%程度しか存在しません。

これをBMI25以上が肥満という定義にすると、何と割合は20~25%にまで上昇します。これで結果として出る数値的に国際基準とニアリーになりましたね。

そうなると肥満治療で儲けを出しているアメリカの医療プロトコルがそのまま使用できることになります。人口比たったの3%程度では利益が出ません。国際社会との調和も図れません。

世界的な問題であるはずの肥満が日本では特に問題になっていないというのは困りませんか? 利益を出したいヒトや統計をコントロールしたいヒトの思惑が重なり、国際社会との軋轢を避ける忖度としてBMIが決められたのではないのかというのが、リンさんの思い描いた陰謀論です。

リスク高めの痩せ過ぎ国民が多い日本

日本では病的なまでに肥満を嫌う傾向が強いために、BMI18.5以下の痩せ過ぎ体型のヒトに起こりうるリスクというものに割と無頓着です。

欧米の肥満と同じくらいの意識を持って問題を解決しなくてはいけない事なのに、肝心の日本自体で関心が薄いというのは問題ですね。

それほど太れないような遺伝的特徴の多い日本人ですし、実際痩せ過ぎのヒトはかなり頑張っても太れません。そこに併せて世の多くのヒトが陥る太る事への恐怖が過剰です。同じ事は除菌や殺菌といった分野でも言えますが。

BMI18.5以下はどのBMI判定基準よりも死亡率が高いという事は覚えておいた方が良いと思います。今、過度なダイエットを行っているヒトたちは20年先の自分に対して返しきれない負債をしているという事を知っていただきたいと思います。

だからと言ってBMI30以上の高度肥満症がヤバくないという理屈ではない

だからと言ってBMI30以上の高度肥満症患者のリスクがマシだとかそういう話ではありません。痩せ過ぎのヒトが陥るリスクとは違ったリスクが降りかかります。

兎に角、最初に行うべきことは減量です。まずはBMI30以下を目指す必要があり、そこからBMIを標準まで持って行くかどうかを決定すればいいと思います。

環境による体型の特徴は様々で、「水泳をやっていたから比較的小柄なのに骨格が太い」とか「どれだけ頑張っても太れなかったのに身長だけ伸びて骨格が細い」など身長だけで体型に準じた体重を算出することは難しいわけです。

結局のところ、最終的に「何だか調子が悪いことが多いけど世間一般で美しいとされるBMI19くらの痩せ体型」を目指すのか「BMI24程度だけど筋肉質でBMI20くらいに見える体型」を目指すのかで分かれるだろうと思います。

リンさんにとって前者は全く魅力を感じない条件ですし、おそらく骨格と肥満歴からそれは不可能でしょうから必然的に選択されるのは後者です。

細マッチョという概念すら飛び越え「しなやか過ぎるマッチョ」を目指したいと思います。

BMIに捉われるのは18.5以下の場合と30以上の場合だけで十分です。モデルとして生活したいとか将来はレスラーを目指していますとか、そういう事でもない限りは痩せている事も太っている事も大したステータスにはなりませんから。

そうやってBMIに振り回されずに生命体としての美しさを基準に考えると、アフリカの部族なんかで「太っている女性が富の象徴」とかいう話を聞くと、そちらのほうが真理に近いなと感じます。

でも、痩せていたい。痩せているという状態を感じたい。実際はこういった欲望との葛藤です。ですから、その辺りはこれからも悩み続けていこうと思います。

ありのままの自分が美しいという言葉に逃避する事は避けなければなりません。ありのままという状態をどこに求めるのかという事こそがヒトの意識を大きく昇華させてくれるものだと思います。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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