心の在り方

心の在り方

嫌という感情が訪れるものは例えどれだけ健康に寄与するものでも実践しない方が良い

世の中に真に万能な方法論は存在しません。これは個人差がどうであるかとかそういった次元の話になるので胡散臭いものに感じやすいのですが、例えどれだけ健康に良いものでも本人が嫌だと思えば効果は出にくいのです。青汁や納豆などのクセの強いものと同じというわけです。

心の在り方

必要とされる老害? 不要な老害?

何故これほどまでに老人やオジサンが社会における憎まれ役になってしまったのでしょう。価値観の変遷についていけないから? 超高齢化社会における当然の帰結に思える老害ですが、どうにも正しい抑止力としての老害は重要だそうです。そんな事を言っているから老害認定されているような気がしなくもないんですけどね。

心の在り方

何故、努力が報われないのか?

目標に向かって努力する姿勢は美しいものだとされています。直向きな姿を見てそこに感動を得るわけですが、本人にとって大事な努力ではなく、見ている側にとって美しいものだけを努力と呼んではいないでしょうか? 美徳を重んじる人種だった日本人は美徳の形だけを追い求めて形骸となったものを固辞しようとしているだけなのかもしれません。

心の在り方

真面目に生きる事と、その真面目さを自分だけの物差しで測ってしまう事

世代が抱える認識の違いが大きく浮き彫りになってくる現代において、古臭い価値観だけを重視するヒトは老害だと語られがちになります。全く同じものを見ていても、考え方によりその見え方は全く異なると理解しておかないと相手を尊重できない時代になってきたって事かもしれません。

心の在り方

日本企業の陥ってしまった病をカラテカから学ぶ

日本企業の形が完璧だったのは終身雇用と年功序列が機能していた時代の話であって、現代その価値と機能が崩壊しかけているという事は日本企業の形も崩壊を始めていると言えます。そこで始まったのが現状維持という名の、崩壊を見えないようにする隠蔽工作です。問題を先送りにしてしまうが故に、手に負えないくらいに大きくなって初めて見えるわけです。

心の在り方

根性論というオジサン問題

人生経験と自分の思考的豊かさが比例していると考えているヒトは多いですが、それは逆である事が分かっています。子どもの感受性が豊かであるように、最も思考が柔軟なのは若い内であると言えます。という事は年上というだけで意見が尊重されるというのは間違いの元になりかねません。若者は何も無いと思っている時点で自分が何も持っていないという事なわけです。

心の在り方

人生において労働はどんな役割を持つのか?

人生において労働の位置がおかしな事になっている状態が日本という国に蔓延しています。会社や組織に所属して生きていく事と労働が過酷な事は別問題のはずですが、日本では同じ問題のように語られます。ヒトとして生きるべきなのに、ヒトとして生きていけない社会構図が存在しているのは実に問題です。

心の在り方

自主管理と投薬管理に求められるものの違い

求められているものが違うという事は、その違いから片方を否定してしまうという事になりがちでもあるという事です。問題点を挙げて改善を見出すという事と頭ごなしに否定するという事は全く逆の思考プロセスを辿って着地するものです。支持するものを否定された時、まるで自分自身が否定されたように感じるのは事実ですが、そこは気にしないほうが良いわけです。

心の在り方

人生において心が動く事が何故重要なのか?

どうにも心穏やかに過ごす事とは悟りのようなもののように思われている節があります。反対に心豊かに過ごす事は若々しいイメージといった所でしょうか。しかしこの2つは反発するものではなく、同時に存在させる事の出来る感情です。今回は年を重ねると割と失いがちな心が豊かに動く事の重要性を考察します。

心の在り方

人生を学びの場に変える意識の持ち方

常に学ぶ姿勢、常に考える姿勢こそ重要なものですが、それを維持するのは困難な事も事実です。しかし人生は常に学びの連続であり、ヒトの完成とは死ぬ時まで未完であり続ける事を肯定する事かもしれません。自分らしく生きる為に、相手のらしさも肯定するって事ですね。そしてそれは一方的なキャラ付けであってはいけないって事です。

心の在り方

健康を目指す事と長寿を願う事は別問題です。

健康を目指すとなると、どうしても長生きであるという固定観念が付いてきます。しかし健康に生きる事と長寿である事は前提が異なるもので、これを一緒くたにしてしまうと長生きは素晴らしいという結論に帰結させられてしまいます。健康長寿という観念が広がることで健康という問題を考える時に困った縛りが出来ているとも言えますね。

人類史

マイノリティと議論への誤解

自分の生きている世界の常識が全てだと思ってしまえば前進は無くなります。もちろん自分の事を信じるのは大事ですが、自分を構成する他力を信用し過ぎてはいけません。こういった事が大きな誤解を生む状況が2つあります。それが自分がマイノリティだと気付かない時、もう1つが議論を行っている時です。日本が失った前進する力を考察します。

心の在り方

笑いの健康学 -ブラックユーモアと知性-

笑う事で免疫が高まる事は広く知られており、笑いは健康に良いものだというのは常識的な話になっています。笑う事が身体に良いのであれば笑わせる事も身体に良いのは当然です。そしてヒトを笑わせる事の出来るヒトは総じて知性が高いというのも知れ渡っています。笑いと健康、笑いと知性について考察します。

心の在り方

祖父の看取りから感じた事

看取り。終末医療には非常に多くの問題があるという事は知識としては理解していました。しかしその問題はそれほど実感の湧くものではなかったのが事実です。しかし祖父の看取りや葬儀を通してこの問題に直面した気がします。でも、終末期の問題は本人も周りもそれほど気に留めていないのが最も大きな問題なのかもしれません。

人類史

三島由紀夫とストレスマネジメント

三島由紀夫は戦後に溢れた芸術志向で権力批判の多い作家の中では珍しいタイプの作家です。というか真逆と言っていいかもしれません。作家の多くが権力や体制に問題があるとし批判に暮れる中で問題の根幹を全く別の所にあると言ったヒトです。主義が右か左かは割と些事です。問題を解決するのに大切な事を彼から学べるという点こそ重要です。

心の在り方

勘違いを認識する事と勘違いさせられているという事

ヒトとヒトの繋がりとそこで発生する行動が社会を形成しています。その中で、得をしたり損をしたりといった差が出てしまうのには理由があります。それこそヒトの社会を円滑に動かしているものであるわけですが、これを理解するという事こそヒトに不必要に振り回されない秘訣だったりします。

心の在り方

遊びをお金にする事への解釈

好きな事を仕事にするというとオジサンはいい顔をしません。しかし好きな事を仕事にするには本気でハマらなければなりません。好きが仕事になるには非常に難しいハードル超えが必要になりますが、多くのオジサンはそれを理解できません。思考は短絡ではいけませんが物事はシンプルでないといけません。これは全てにおいての原理原則のようなものです。