子どものスマホ使用制限がもたらすものは善か悪か。世間一般的には悪だが、善だった場合を考察。




おはようございます。リンさんです。

昔は海外より日本のものが全てにおいて優れているなんて本気で思っていました。しかし今ではそういった分野もあるだろうけど基本的に日本人というものは優れている部分をヒトへ教えるという機能が絶望的に低いと思っています。

日本語というものが意思疎通と認識共有を同時に行える便利なツールであるが故にそういった部分が育たなかったのかもしれませんね~。ヒトに物事を伝えるには言葉を分かりやすく伝えなくてはいけませんが、感覚的に使える日本語では詳細を伝える事が難しいという側面もあります。

だからこそ世代間での日本語使用への認識の差が生まれ「最近の若いもんの日本語は……」なんてどうでもいい事を言うヒトが出てくるわけです。

日本語は柔軟すぎるが故に全く同じ言語でも世代で大きく違いが出るものですが、実は日本語の変遷を紐解いてみると世代間でも中身は大きく変わってはいません。ただただちょっとだけ頭の良い大人が頭が悪そうな喋り方をしている若者を見て怒りたいだけという話に過ぎませんし、それすらも時代の流れで繰り返されている事です。

まあ確かに頭がマジで悪いやつはダメでしょうけど。それは別に使っている言葉がどうかでは判断できませんよね。ヒトを見下せるような知識を持つことが教養ではないので、リンさんはそういうところには関与しない教養を持ちたいと思います。

ですがリンさんはオトコという不完全生物ですから50代を境にドンドン劣化していく運命です。そんなこんなで時間があまり無いのに時間を無駄にしているような今日この頃です。

子どものスマホ使用は良い事なんだよと仮定して考察

子どものスマホ使用についての議論は決着がついているように思えます。

  • スマホなどの高度な機械端末には依存作用がある
  • ゲームや動画に夢中になり重課金を行ってしまう
  • ブルーライトで視力が低下する
  • 勉強や運動に対しての意欲を奪う

とまあ軽く挙げてみてもデメリットの連続です。最早、子どものスマホ使用は悪で確定かという段階ですがそこはアマノジャクなリンさんちょっと待ってと言いたい所です。

高度な依存作用があり様々な弊害をもたらすモノと言い、子どもに使わせるのは危険だから制限しようという考え方は実は不毛です。ヒトの生活圏には多くのリスクが存在し、中には依存を生み出すものだって存在しています。

タバコ、アルコール、ドラッグ、糖質……。これらの生活圏に溢れているリスクを全て回避しているでしょうか? 違いますよね。どちらかと言えば上手く付き合う事が大事です。上手く付き合えなければ依存症となり危険だと言っているわけです。

子どものスマホ使用制限とは、これを無条件に危険だと言っています。子どもは自分自身でリスクを管理できないからだと。しかしそれは当たり前の話で、だからこそ親や周りの大人によってサポートされるべき存在なわけです。

依存を生み出す最も大きな理由は、その危険性を学ぶ段階である子ども時代に知識を与える大人が間違ったサポートをしてしまう事です。臭い物には蓋をするのが世の常ですが、多くの良識ある大人が綺麗事だけを信じて生きています。だから汚いものを子どもに見せたくないと思うのですが、それは様々な経験を踏んで成長した結果、大人の支配から抜け出す子どもを生み出さないようにしているとも捉える事が出来ます。

子どもの価値観は真っ白な白紙の状態から、周りの大人との係わり合いを経てルールが付け加えられていきます。そうやって出来たルールを自分自身で最初に試すのが保育園なり幼稚園です。学校教育の中でルールを磨き上げていって最終的に社会へ出て行くわけですから、1番最初の白紙の紙にどのようなラインを大人が描けるのかという事が本当に重要になってきます。

子どもを無力で非力な存在だと思うのは間違いです。非力な事は事実です。だからこそ周りの大人を頼るわけですから。しかし子どもは無力ではありません。むしろ子どもの思考を奪い無力にさせている大人の価値観の方に問題があります

家族という社会の最小単位で最初の常識を学ぶ事は重要な事です。だからこそ子どもにとって最良の選択肢を選びたいと親は思うわけです。そこを間違わないように、間違ったとしても修正ができるような思考の育て方を親自身が出来るのであれば子どもも出来ます。

まずは自分自身が興味を持った分野で常識と呼ばれている既存の概念を疑ってみるところから思考を始める事が重要になります。

スマホの使い方が問題

依存が発生するかもしれないと言われているスマホ使用ですが、そういった問題というのは実は正しい知識を持っている事で対処が可能になります。正しい知識とは依存についての正しい知識という意味ですが、これだけでは足りません。知識を運用する為の手法を学ぶ必要性があります。要するにスマホを使用する目的を持つという事です。

ネットを通して様々な情報にアクセスできるスマホは、好ましくない情報へとアクセスする可能性も高いものです。しかし所詮スマホはツールでしかありません。ツールであるという事は使い方次第で善にも悪にもなる存在という事です。

依存の知識に関して親が正しい理解をして子どもに教える事が終わったのであれば子どものスマホ使用は次の段階へ進んでいきます。親から子どもに正しいスマホの利用法を教える事です。

動画やゲームコンテンツとの付き合い方

スーパーなどでよく見かけるものですが、子どもを大人しくさせる為にスマホでアニメ動画をずっと見せている場面を目にしますよね。実はあれって子どもにとってはよくありません。

それにお金がかかっているという事実を知らない段階で動画コンテンツなどを見るとどう思うでしょうか? それがタダで見れるものであると理解してしまいます。動画や娯楽などの刹那的な欲求を満たす為のものであるとスマホを認識するという事は危険です。

まあ極論、子どもは泣かせておく事も重要ですしそれをウルサイと思う大人がいるとすればソイツは社会で生きていく資格がありません。コミュニケーション能力が発達段階の子どもに対して苛立ちを覚えるのであればソイツはただのコミュ障かサイコパスですから。

そういう観点から考えると動画やゲームを子どもに与えるのは危険であるから止めるべきです。コンテンツに依存してしまいますから、見終わらないうちに取り上げられると不機嫌になってしまうかもしれません。

スマホ制限用のアプリなどがありますから、コンテンツ制限は重要になってきます。

情報判断の為にスマホを用いる

先ほども書きましたがスマホは情報収集の為のツールです。そのツールの使い方が分からずに膨大にあるコンテンツを無償で消費する事が依存という問題を大きくしています。

メール、ネットサーフィン、SNS、ゲーム、動画。親自身がこれらのコンテンツをメインにしてスマホを使っていると子どもも同じ使い方をしてしまいます。という事は、これらをメインにしないスマホならではの使い方を親が提示してあげる事こそ子どもが正しくスマホを扱えるかどうかにかかっていると言えますね。

今の時代ヒトの社会は情報が溢れ、専門家も知らないようなパラダイムシフト級の事実から、どうでもいい情報、胡散臭い話までネットに溢れています。

ネットでは市販薬を使った Self-Medication セルフメディケーションの概念すら古いものとなっていて、今はドクターユアセルフ Doctor-Yourself 「アナタの主治医はアナタ自身」というのが最も勢いのあるものです。

スマホなどの高度機器とはこういった情報にアクセスし自分の抱える問題を解決したり、情報を吟味して思考を強化するための手助けをしてくれるツールとして使う事が重要です。

同じようにコンテンツに触れる事でスマホの使用法を学ぶ事はどちらも変わりませんが、目的意識が全く異なります。欲求を満たす事よりも知的好奇心を満たす事が大事です。

子どものスマホ使用制限という言葉に踊らされずに、どうすればスマホと上手く付き合えるのか。どうすれば子どもをリスクから遠ざける事ができるのか。出来るのならスマホの利点は最大限に獲得してリスクは最小限に出来ないだろうか。

こういった事を思考していく事で「子どもにとって良い事」と「親として行動する為の軸」を持つことができるようになりますし、こういった考え方は他のどのような分野でも役に立ってくれます。

ヒトは物事を消費するだけではなく、生み出す事ができます。最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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