頑張る社会人を食い物にして成長を誤魔化してきた国・日本




おはようございます。リンさんです。

最近、気が付くとゆでたまごばかり食べている自分がいます。一気に20~30個のゆでたまごを作ってそれを1週間くらいで消費し尽すのですが、冷静になってゆでたまご大量製造の光景を考えてみると、なかなかの狂気っぷりだなと感じますね。

でも、ゆでたまごは非常に腹持ちがいいしコストも安い、出汁に漬け込んでおけば味のバリエーションも豊富になるので意外に飽きが来ないもんです。

栄養価も抜群。何たってタマゴだけでヒナが生まれるだけの栄養が詰まっているわけですから動物にとって身体に悪いわけが無い。コレステロールの心配も最早過去の誤った常識となっていますから何の心配も無い最強食材と言える存在なんです。

問題は、ゆでたまごばっかり食べていたら周囲が軽く引くってことくらいでしょうかね。

頼むぜ、経団連

昨年12月末に経団連の榊原会長が副業・兼業に関して「旗振り役をする立場に無い」として推奨しない立場を明らかにしましたね。

これに対してネットを中心とした批判がズンドコに上がったわけです。経団連って日本経済団体連合会の略で簡単に言えば日本経済を牽引する企業のトップたちによる日本経済を活性化させるための方向性を模索する団体のことですよね?

そのトップが政府の出している「働き方改革」っちゅうガイドラインに対して明確に「嫌だ」と言ったわけですね、コレって。

もちろん企業内の全てを投げ出して雇用を救え多様性を確保しろという話ではないですよね。お互いの妥協点や今のシステムで取り入れられるアイデアを吟味し、中・長期的なプランを持って改革をするってのが一般的な認識になるはずであって、経団連はその旗振り役でなければならない存在のはずです。

存在意義を違えたモノの末路

みんな、薄々気づいていたことでしたがここにきて経団連は日本経済や労働者に多様性をもたらす組織ではないと自分から暴露してしまいました。

会長含めその幹部たちが生きている間は今自分たちにカネが入る状況を守らなければならないから、それを守るのに必死になっていると言われても仕方ないです。

沈み行く船と古臭くなって通用しなくなった価値観に縛られたまま、それを扇動する老人たちによって日本の若者は未だに社畜として消費され続けなければならないのでしょうか。

一体何故このようになったのか? ここにこそ日本の陥っている負のスパイラルがあります。

高度経済成長思考停止日本式ビジネスモデル

高度経済成長期とは簡単に言えばロクに考えなくても企業も収入も日本経済も全てが勝手に大きくなっていた時代のことです。浮かれていても仕事できなくても勝手に企業が大きくなっていったせいもあって、この世代に働き盛りの黄金期を過ごした年代の価値観はイケイケドンドンな傾向にあります。

企業を大きくすれば収入が増え、社員も幸せになると思い込んでいます。でも今の時代企業が大きくなるためにはヒト・モノ・カネ全ての効率的運用が重要になります。

思考停止している彼らにその新しい常識はありません。だから「企業の業績を上げる」ことだけが至上価値になっているため、彼らのビジネスモデルは古いと言わざるを得ないわけです。業績が大きくなり給与が増えていくことが前提の話ですから、業績が大きくならない時代では給与が増えないのは当たり前どころか、教育や従業員満足といった概念すらも削っていいとすら考える世代です。

アラフォークライシス

その煽りをまともに食らった世代がロスジェネ世代と呼ばれる世代です。この世代は就職氷河期と不景気による社内教育のコスト削減により、教育水準としては非常に低い「精神論」メインの考え方をします。

成功している層と成功しなかった層の差が大きく、成功した層は高度経済成長世代の精神論を引き継ぎ企業家の旗手のような役割を演じ、成功しなかった層は精神論を実行するための社畜と化しています。

結果としてどちらも高度経済成長世代の幻想を色濃く反映している世代です。彼らが経営陣の中核となる十数年後の時代は日本のビジネスが暗礁に乗り上げるだろうとも言われています。

ゆとり社畜化計画

新しい価値観、新たしい個性、新しい生き方を学んだはいいけど、国家観や人生観など人生の軸を学ばされなかった世代がゆとり世代です。自分勝手な世代と思われがちですがそこら辺の価値観を学べなかっただけで、ゆとり世代は最も多様性に溢れた世代です。

彼らの中で自主性に優れたものはスキルを磨き会社を転々としたり起業したりと行動力が大きいのが特徴ですが、多くのゆとり世代は個性があっても自主性に乏しいのが現状です。

原因は個性があることが素晴らしいと教育しながらも個性を容認できなかった社会背景にあります。しかしこの社会背景こそが大量の社畜を生み出す元凶にもなっています。個性があっても自主性に乏しい彼らは、自己主張だけが激しく精神論ばかりを振りかざす上の世代に振り回されて社畜と化しています。

社畜製造システムは管理しやすい人権無視システム

社畜を生み出す社会を社会に出てから学ぶので義務教育で受けた個性などあっという間に破壊されてしまいます。その結果、社畜を生み出す風土と社会常識を次の世代へ引き継ぐという最悪の循環が生まれてしまっているわけです。

出世する人数が限られている。出世する機会が限られている。そういった社会では人員を消耗品として捉えたほうが勝手が良いわけです。

何故なら既に社会的な上位を占める多くの老人たちにとって、自分たちより若い世代に権力を譲ることはプライドが許さないという事態が起こっているからです。

例えばナインティナインの岡村さんがよくネタにしていますが、明石家さんまさんや所ジョージさん、ビートたけしさん、タモリさんなどの大御所が居座って若手が出世できないというのが分かりやすい構図ではないでしょうか?

もっとも、そういったお笑い芸人の業界の場合はトップランナーが圧倒的な実力を持っているために世代交代が起きないという事実がありますよね。

ビジネスの場面で圧倒的な勘を持ち続けてトップランナーを走る世代なんて、ほとんど存在していないでしょうから、これは当てはまりませんね。圧倒的な勘を持ち続けていると思い込んでいるトップランナーは多いかもしれませんけど……。

まとめます

パラダイムシフトは旧世代のパラダイムを持ち続けている世代が2世代続けて滅ばないと起こりません。つまりビジネスにおけるパラダイムシフトは高度経済成長世代とアラフォークライシス世代が滅ばなければ起こらないという事です。

もう1つ重要な点は、その2世代の古いパラダイムをゆとり世代以降が引き継がないという点です。引き継いでも仕方ない価値観ですが、社会生活を送る以上は彼らのパラダイムに従わなければいけない場面も出てきます。

ゆとり世代には辛い社会ですが、やがて老害は全て滅びます。もちろん滅ぼす為に必要な行動を起こさなければいつまでも居座り続けますから、ゆとり世代は常に新しい価値観や生き方を提示し続ける必要があります。

しかしそれは心配ないのではないでしょうか。少なくともゆとりと呼ばれる世代からは今の段階でも多くの価値観が生み出されています。そしてその価値観を守るためにゆとり世代の若者は自立も出来る素晴らしい世代です。

社会構造を変えることが出来る大きな力は既にあります。老害に負ける事無く邁進する必要があります。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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