不調は内から現れ、内に向かって改善していく




おはようございます。リンさんです。

人生において転換点が多い事は良い事であるという価値観を支持しています。そうでないと新しく自分自身で始めるものに楽しみも何も見出す事が出来ないからです。

辛く苦しく、泥臭い生き方になるのだと決め付けてしまう世代には理解できないものでしょう。事実、リンさんも少し前まで価値観なんてガッチリ固まった昭和世代丸出しの根性論でしたから。

挫折する事や失敗する事に極端に拒否反応を示すのは分かります。それは恥ずかしいし、嫌な気分にもなる事です。

ですが失敗を恥じる事というのは人生で余計なものを背負ってしまったからでもあります。物事というのは失敗するかしないかではなく、面白いかそうでないかで判断しないといけません。

悲壮感で自分より若い世代を見るのは仕方無い事ですが、自分達に出来なかった事を自分より若いヤツが出来るわけが無いという考えは止めたほうが無難です。

自分の人生において失敗が目立つから相手を下に見る事で精神性を保っているに過ぎません。敢えてヒトを下に見る事で色々と発信力を強めるという選択もあるでしょうが、それが出来るヒトこそ極わずかでしょう。

不調改善の方針

健康的な生活を送りましょう。身体を労わりましょう。

とは言うものの、身体は疲れを感じるものの病気であるような気がしないというのが大半のヒトが持つ意見でしょう。ですが東洋医学の観点からは未病という病気ではないけど倦怠感や疲労感などの症状がある時に対処しないと病気になっちゃうよっていう考え方があります。

身体の全ては代謝反応によって決まります。代謝が滞れば問題が起こり、代謝が上手くいけば大抵の問題が解決します。健康体とはこの段階を目指すべきなのですが、どのように改善すればいいのか分からないのも事実です。

ヒトが健康を気にするのは不健康だという自覚が強まった時だけです。ですから目に見える辛い症状がある時は健康に気を遣い、それがある程度楽になるとすぐに止めてしまうという特性があります。

これがそもそも問題では無いのか? という事を考察します。

不調は内から外へ

不調はすぐには現れません。未病という段階を経過して初めて病気となるわけですが、未病前にも段階が存在します。

ヒトの代謝機能が滞ってくるのは、摂取するたんぱく質や脂質が極端に不足する状況下です。和食などのコメを主食とする食事は、精白した白米以前は発酵食品での動物性食品と植物性食品、海藻類などの食物繊維など様々なものを摂取して穀物も未精製のものでした。

ですからビタミンやミネラルも精白されるものよりは残っていましたし、糖質を代謝する為の栄養素も確保しつつ、たんぱく質と脂質を確保できていたわけです。

しかしこれが白米主体の食事になり、更に現代において異性化糖と植物油脂を大量に添加された食品を口にする事によって趣が異なってきます。

白米は雑味やエグ味と呼ばれるものを除外した白いコメです。しかし雑味などの「余計なもの」は身体にとっては必要な栄養素であるビタミンやミネラルです。これを除去した為に糖質しか残らなかった白米は、含有する糖質を代謝する為に身体のどこか別の場所からビタミンやミネラルを引っ張ってこなくてはいけなくなりました。

となると全体の代謝に必要なビタミンやミネラルが足りなくなるという事を意味します。ここに更に食品添加物である異性化糖と植物油脂が攻撃を加える事で現代の食生活がかつてないほどメチャクチャになっています。

話を戻しますと、そういうメチャクチャな食事になっても人体は代謝を維持しようとそのメチャクチャに適応していきます。具体的にはエネルギー代謝を溜め込む方向性にする肥満型と、エネルギー代謝が少ない状態を維持していく痩せ型の二極化です。

この症状自体は幼少期の食事であったりといったものに影響されますが、太る事で生命を繋ぐように代謝が切り替わるのも、太らない事でそもそも外部から得られるたんぱく質や脂質が少なくても多少は大丈夫なほどに代謝を後退させるのも理屈は全く同じ代謝異常です。

そしてこういった食事は個人の環境などの要因による個人差ですから、顕著になる時も様々ですし、それこそ一生問題として認識しないヒトもいます。

ここで問題なのが代謝異常などの問題は早い段階から内の代謝経路を現在の低エネルギー環境に最適化することで問題が最小限になるように工夫されます。しかしこれは先延ばし以外のなにものでもありません。

問題は内から徐々に外側へ向かい、外へ問題が表面化する時には内の代謝経路は結構すでにボロボロになっているわけです。

改善は外から内へ

問題が表面に出てきた時には既に内面がボロボロになっている可能性が高いわけですが、改善となると更に面倒な事態が起こります。

改善に乗り出すと、問題は外側から徐々に治っていきます。内側の書き換えられてしまったシステムは中々置き換わりませんから、現状で最初に改善できる外側から症状は良くなっていくわけです。

この為、問題を内面に抱えたまま外側に出ている症状だけを改善して、そこで終わってしまう事も珍しくありません。

風邪が治りかけで再びぶり返すという体験はよくあると思いますが、アレは風邪が治りかけている程度には改善されていたけど、ウィルスに勝てる体内環境にしていなかったので再び炎症反応を起こして風邪をぶり返すってわけです。

西洋医療の問題点として考えると、抗生物質などで症状を抑える事は改善にならないのに、風邪が良くなっても薬は飲んでくださいねと考え方自体は真っ当であるというのが問題なんですね。

原因と結果を取り違えているけども医療行為として間違った理念があるわけではないので、むしろ改善が難しくなるわけです。

症状が出てくるほどに悪くなったものを改善しようとすると、目に見える悪い症状が無くなっただけでは油断しないほうが良いという事は覚えておいた方が良いと思います。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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