賢明な人物は他者を賢明ではないと評さない。賢者と愚者を分けるのはたった1つの思考




おはようございます。リンさんです。

最も安らげるものだと思っていた事が、実はそうでもないと感じた時の絶望感たるや凄まじいものがあります。

これを人間関係で例えるのならば、うまくいかないのは自分の説明や行動が不足しているせいなのかもしれないと思う段階をとっくに飛び越して「もういい加減にしてくれ」と相手に思い始めているような段階です。

相手を尊重して生きていくという事が基本的なスタンスですが、相手を尊重する尺度というやつが道徳観や環境や年齢によって左右されてしまう現代では割と若い世代が割を食っているんだな~なんて思ったりします。

最も、そこまで尊重できる年上があまりいないという事実もありますから若者だけが割食っているとも言いがたく問題は複雑な状況ですけどね。

賢明ではないと思われているのは一体誰なのか?

健康情報のトピックス発信というのは不思議なもので色々なご意見の渦中に巻き込まれたりします。

もちろん弱小たるリンさんのブログではそんな事も無く平穏無事な日々を送れているわけですが、影響力のあるヒトたちとなるとそうも言ってられないみたいです。

否定的な意見の中に含まれているエッセンスとして「賢明ではない」という意見がありますね。健康情報のトピックスを発信することが何故賢明では無いのでしょうか。今回はその辺を深く掘り下げてみます。

よく海外セレブなどが健康のトピックスを発信すると栄養士なる専門家から「持続性に欠け、情報の信頼性に乏しく賢明ではない」と言われます。海外セレブと言えば自分の生き方を発表して世間の注目を集める人種です。自分自身がきっちり勉強して取り入れた健康法を宣伝しているに過ぎないわけですが、影響力があるという点で他とはやや趣が異なります。

自分自身が選んだライフスタイルだから話している。それを実践するかどうかは個人それぞれで判断して欲しいというようなコメントを残しても「賢明ではない」という評価が変わる事は無いという点から、どうやら賢明ではないのは情報発信しているセレブの事を指しているのではないなと考えられます。

ここで問題になってくるのは専門家という人種特有の驕りです。現在ネットが急速に発達し情報が素早く広がるようになり、その情報を実践してみた結果というものも早い段階で出回るようになりました。

それは医学的なガイダンスに基づいていない体験談や経験談程度の話なんですが、最も浸透していく広告というものは「口コミ」であるという理由から世間に広く認知されるに至ります。

そして口コミで広まった多くの経験談が専門家のあずかり知らぬところで起きているという事が大きな点となります。専門家と呼ばれる集団こそ最新の情報を知らないし、その知らない情報は医学的ガイダンスを通していないものであるから1人の責任では負いきれません。

という事は「賢明ではない」という事の本当の意味とは、その健康情報は専門家の検証を受けていないものだから我々は認知しないし、実践するのだとしたら我々の認知しているものにしないとどんな事が起こっても知らない。これだけ言ってまだそんなあやふやな健康情報を信じるのであればそれは賢明ではない、という事なんですな。

つまり、情報発信はいいけど実践するヒトなんて賢明じゃないから専門家が検証し終わるまで待てないだけでしょって事です。

ヒトのせいにする事を否定してはいけない

ダイエット、仕事、恋愛、人生。それら全てがうまくいかない時、それを誰かのせいにするのは仕方の無い事だと思います。そういった物事に関して多くの発言が広まっている現代ですからね。でも、本当によく考えなければならない事は失敗した原因を正しく処理して次へ繋げることですよね。

本当に誰かのせいでうまくいかなかったのか? それとも、誰かの言葉を鵜呑みにした結果自分自身で納得や理解が出来るまで考えなかった結果うまくいかなかったのか

前者の発言に対する責任というものは確かに発言したヒトにあります。しかしその言葉の結果として自分自身が起こした行動についてまで発言したヒトの責任なのでしょうか?

とある手法を否定して「賢明ではない」と言っているヒトたちが何を賢明でないかと言っているのかを考えるべきです。彼らは「あなた達は誰かの言葉を鵜呑みにして、うまくいかなかったら責任転嫁するようなヒトばかりだから、そんなヒトたちに向けて発言をするのは賢明ではない」と自分の行動をしっかり理解して行動できないヒトだと烙印を押しているわけです。

そんなわけないですよね。うまくいかない時に自分以外の誰かのせいにしたくなるのは誰にだって存在する気持ちです。そしてその気持ちだけで終わらせる事が最もダメなことだという事にだって誰よりも気付いているはずです。

もしそれが出来なくなっている、考えられなくなっているのだったら今再認識出来る様になったということです。うまくいかない要素を排除する為に知識を見につけるということの重要性がここにあります。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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