健康を考える上で最も簡単な選択基準




おはようございます。リンさんです。

お客さま根性って言葉をふと思いつきました。自然とそうなっているかいないかに関わらず日本人はもてなし好きであり、もてなされる事に違和感を感じません。

そんな中でもそれをさも当然の事であるように接する人種がいます。何故、もてなされる側が圧倒的に支配的なのか。簡単な回答があるとするならば彼らはもてなす側の努力も、もてなされる側のマナーも知ろうとしないからだと言えます。

社会は相互理解と相互依存で成り立っています。しかし一方的に依存しても問題無いと考える風潮が強くなっているので、社会は少々不安定になりつつあります。

「最近の若い者は……」とはよく聞きますが、マナーもルールも相手への理解も、そういったもの全てをないがしろにしてきたのは若者ではなくオジサン世代です。自分達の世代で築いてしまった問題を解決せずに、その問題の影響によって生まれてきた新たな世代を否定する事しかしない。

どうにかしないといけないと考えた時、最も大事な事はそういった前の世代と同じ考えを次世代が引き継がない事を徹底しないといけないのかもしれません。しかしそういった姿勢を持つ世代への攻撃も緩める事が無いのがオジサンがオジサンたる所以なのかもしれません。

貧困は伝染します。社会そのものが貧困を患っている場合、何が処方箋となりえるのか。そこに日本が脱却すべき課題があるように思います。

自然派か利便性かでヒトは健康を選択している

健康を追い求める事は迷宮をさ迷う事と大差ないものです。それくらい健康というキーワードは世の中に溢れていて、どう判断すればいいのか悩ましいものです。

それだけ健康という情報が溢れているというのは玉石混交であり、ウソ・オオゲサ・マギラワシーが紛れているのかもと思うかもしれません。しかし多くの健康情報とは発信している当人にとっては真実であり、成功体験や「これが正しい」という正義によって広められています。

効果がありそうだぞという部分に着目すれば健康法はいくらでも出す事が出来ます。それは原因と結果のアプローチで結果にだけ着目する手法です。健康法での最も大きな問題は一体どれだけの規模の人数に適応できるのかと、それが自分にとって適切なのかです。

何故、そんな事を考える必要があるのか疑問に思うかもしれません。確かに世の中に出回る多くの情報が実験や研究を通して万人に効果があるように謳われています。しかし、より正しくはこういった数字は統計学であり集計された数字に過ぎません。

それは多くのヒトに効くという証明であるという反面、自分にとって確実かどうかの保証がない情報です。世に出回る情報は全てそういった情報であると断言できます。

じゃあ自分にとって適切な情報とは何を判断材料にすればいいのか? それを今回は考察します。

生命を生み出す自然と、それを加工した不自然

以前、自然な食べ物と不自然な食べ物を記事にしました。いわゆる健康食品であるプロテインやサプリメントも不自然な食べ物であるという結論を出しましたが、それに関しては今でもあまり考えは変わっていません。

ヒトは自然な食べ物を摂取する事よりも、加工する事により利便性を向上させた不自然な食べ物を摂取しているからです。その加工方法に問題がある食品もあるというのも間違いない事実ですが、自然な食べ物だけを摂取するのは中々骨が折れますから加工食品を上手く利用する必要があります。

ここで分類している自然な食べ物と不自然な食べ物は判断が微妙なところです。ヒトは現代において不自然な食べ物により体内のホルモンバランスを崩しています。崩れてしまった体内バランスを元に戻す手法というものは未だに正解の無い問いかけです。

崩れたバランスを戻す為には、自然な食べ物をしっかり摂取する必要があります。しかし一方でバランスを元に戻す為には片方の摂取バランスを偏らせる事で代謝を揺り動かす必要があるとも言われています。

どうすりゃええねんという話ですが、ヒトはその自然な食べ物と不自然な食べ物の間でバランスを保つように生きているのでどちらが正解というのはありません。何に立脚するかによってその答えは変わっていきます。

だからこそ自然という定義を簡略化し、食生活をよりシンプルに分類できるようにしなくてはいけません。

自然な食品の定義

自然食品には沢山の定義があります。植物性の素材を使ったものであれば加工食品であろうと自然食品と呼ばれてしまいますが、自然食品とは自然に存在する素材を使用した加工食品という定義でいいのでしょうか?

あまり言及される事の無い問題ですが、自然食品と呼ばれているものの大半は自然由来の素材を使用した加工食品です。加工している段階でそれは自然ではなくなってしまう気もします。

そこで今回は自然をもっとシンプルに考えてみます。

自然とは生命現象の連続です。生命が誕生し、別の生命を糧にしたり糧にされたり、最後には土に還って次代の生命を繋ぐ要素となります。

自然食品とはそのままで生命となるもの、あるいは生命に複雑な加工を与えないものであると言えます。

代表的なものにはたまごが挙げられます。もちろん厳密にしていくならば無精卵よりも有精卵が自然に近く、ゆでたまごよりも生たまごが自然に近いと考える事が出来ます。

しかしそれ自体に大きな違いはありません。たまごを大きく加工しているわけではないですからね。

何故そのままで生命となるものや生命に複雑な加工を与えないものが自然食品に定義できるのでしょうか。シンプルに考えると生命になるものを食材として摂取する事が身体に悪いわけが無いからです。

反対に言うならば生命を過度に加工した食品は、栄養という面でかなり偏った加工をされていると考える事が出来ます。加工食品の製造工程を見てみれば、それは食材調理ではなく完全な科学合成である事が理解出来ます。

これは食材を最もシンプルに見分ける方法として重要な考え方になります。ただこの考え方だけで全てがうまくいくという話ではなく、メインとして摂取するものをどのように選ぶのかを考える時に役立つ考え方という事に留まります。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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