国際社会と現代日本人とゆとり世代 2度目の敗戦




おはようございます。リンさんです。

日本史からは多くの示唆を学ぶことが出来る。特に最近、そう思います。それほど過去の日本人は思慮深くそれでいて交渉は強かに、そしてそれを支える確かな個性と高い教育水準があったからだと思います。

というわけで、今回は何で日本人は残念な方向性に向かっているのかを独断と偏見で断じてみようと思います。

国際社会といういじめっ子と現代日本人というイタい子

国際社会は生き馬の目を抜く世界だとよく言われます。がしかし実際の所はいわゆるいじめっ子社会であるという表現以外のしようがありません。それというのも国際社会では主張したもん勝ちなのです。その主張がどれだけおかしくても最後まで声を大きく張っていた方が勝ちっていうワケ分からない世界です。

多くの国々、多くの価値観が混ざり合ってきたのでちょっと前まで大分洗練されてきていた国際社会なんですが、ここにきてとある国の大統領や独裁国のダレソレさんとか、アジア圏で猛威を振るうかなり残念な大国とか、大陸の先端で日本からの謝罪を要求し叫び続ける国とかいろいろあって残念さんの入り乱れる大変楽しいものに成り下がっています

そんな中で日本はと言うと相変わらず思慮深く何も言わないというスタンスを貫いているおかげで、残念さんにバカにされているという面白くない状況です。しかしこれは国際社会がおかしいわけではなく、どちらかと言えば日本がイタいから言われているのが真実ではないでしょうか。

というのも大声で主張しないのに誰もそんな主張に耳を傾けるわけが無いのが国際社会、というか今の先進国の特徴だからです。

日本は何故イタくなったのか?

では何故日本はこれだけイタい国家に成り下がったのでしょうか? それにはやはり敗戦というターニングポイントが大きく関係します。

ここで一気に価値観が塗り替えられた上で、勤勉だけが取柄となってしまった終戦後のヒトたちを待ち受けていたのが高度経済成長でした。高度経済成長で起こった事。それは思考を止めていても会社も経済も大きくなるという勤勉さすら捨て去ってしまうようなパラダイムでした。

この事により日本人の本質を問える大人がいなくなったことが、まずそもそもの発端です。

国際社会の価値観に追従しながらも、自らは何も考えなくなった結果

高度経済成長を超え、そこから日本は国際社会への仲間入りを果たします。そうなると大きな問題が起こりました。

思慮深さや強かさを失い、さらには勤勉さも失った日本人はただただ国際社会のカモとなります。何たって大きな声で言うだけで結構なお金を出してくれるから。しかもそれに対して見返りも何も要求しない。いじめっ子社会において最も都合の良い存在と捉えれば日本がどのように思われていたかなんて簡単に想像がつきますよね。

こんな状況になっても日本は国際社会の仲間入りを果たし平等になったんだと喜んでいたわけですから、イタい以外の感想は出てきません。

ゆとりと言う希望

しかし日本も黙っているわけではありません。国際社会で通用するような新しい価値観と個性をもったヒトを輩出する為にゆとり教育を導入しました。

ゆとりの是非はともかく、ゆとりの骨子は新たな価値観や個性と共に議論における強かさや確固たる国家観を持つためであったと考えるのが妥当です。

結果としてゆとり教育は失敗だったとされていますが原因は何でしょうか?

  1. それまでの大人に思慮深さ、強かさ、個性、価値観といったものを示せる見本がいなかった
  2. 結局のところ、その大人たちが大声で主張した結果、大半の新たな価値観を持った若者は潰されてしまった
  3. 骨子であるはずの国家観や思慮深さが軽視された教育水準の低さ

これに尽きると思います。

思考を止めた大人に絶望する若者

思考を止め国際社会と同じルールで自分たちを食い物にした大人に対して若者は絶望しています。戦争を知らずに高度経済成長を経験して思考を止めた大人に、現代の若者たちは2度目の敗戦とも言える屈辱を味わされているのです。

どうしようもない大人に従属させられる世界を否定し、そこから飛び出した若者は大きな飛躍を遂げています。その事からも、ゆとりが失敗だったのではなくその前の時代を生きた大人が失敗だったという事が分かります。

こういう事を書くと怒るヒトも出てくるでしょうが、実際「思慮深く、議論が強かで対等な立場で物事を捉えられる大人」って存在しているのでしょうか?

ゆとりがどうのこうの言う前に自分たちの時代の功罪をまとめられる大人がいないのであれば、怒る筋が違いますよね。

国家観、歴史観にパラダイムシフトを起こす

求められるものは国家観と歴史観のパラダイムシフトを起こすことだと思います。それについて最も頼りになるのは日本史であり過去の教育水準の高い頃の日本人の感覚を学ぶことでしょう。

温故知新。今生きている世代の大人から学べることは無くとも、それよりずっと前この国を作り上げたヒトたちからは必ず生きる知恵を学べるはずです。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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