健康法の真贋を見抜くシンプルな思考




おはようございます。リンさんです。

本日11月23日は勤労感謝の日ですね。しかし正しくは新嘗祭(にいなめさい)と呼ぶべき日でもあります。天皇陛下の日本国民への平和の祈りの下で、五穀豊穣を感謝し新米を食す日です。大地の恵みと天皇陛下の祈りに感謝をする国民にとって最も大事な感謝祭なんですね。

更に厳密に言うと新嘗祭より前に新米を口にしてはいけません。まずは八百万(やおよろず)のカミに新米を奉納して我々日本人はそのお下がりを頂くのです。

とまあこんな事を書いていると色々面倒なヤツだと思われるかもしれませんが実際色々面倒なヤツです。ただまあセイゲニストだからこそ、こういった大地の恵みに感謝する行為を尊びますし、日本国民全員が平和に生きる事を祈りを通じて願ってくださる祭祀長たる天皇陛下への敬意を忘れるべきではないと思います。

このまま食料の過剰生産が行われれば100年後にはコメは貨幣と同じ価値を再び持つ貴重品になるでしょう。だからこの日だけは新米を少し食すことも良いだろう。そう思います。

それは血糖値が上がるとか、健康に害があるとかそういうことではなく、日本人としての誇りのようなものを守る為にするべきことです。見えないものにこそ敬意を払う。見えないものにも魂が宿る。見えないものと我々を繋いでいる存在がある。

この考え自体が心のよりどころとしてリンさん自身のストレスマネジメントに繋がります。

世にある健康法の真贋を判断する方法

この世には多くの健康法やダイエット法があります。

中にはマユツバなもの、シンプルなもの、何となく理に適っていそうに思えるもの、耳障りの良い言葉で語られるものなど様々です。成功体験を語るヒトであったり、成功体験のみで正しいと考えるヒトも多い中、どういった考え方でいればそういった健康法の真贋を見極めることが出来るのでしょうか?

今回は健康法の真贋を見極めるためのブレない軸を自分に持つ方法について考えます。

自分の症例は1つの例外もなく自分だけのもの

まず最も大事な考えとして、自分の症状は1つの例外もなく自分だけのものであるという認識が必要です。これは逆に言えば、相手の成功体験は自分の成功体験にはなり得ないという事です。

では相手の成功体験を自分も体験した時はどう考えればいいのでしょうか?

相手が成功し自分も成功したのならその理論は完璧だと考えるのは早計です。リンさん自身も「糖質制限は完璧な理論ではない」と思っていますし、だからこそいつまでも学ぶ姿勢を持てるのだと思います。

成功体験よりも詳細な理論

まず学ぶべきはどのように身体に作用し効果を及ぼすのかという基本理論の理解です。それは掘り下げれば掘り下げるほど良いです。もちろんザックリとした理解でも構いません。リンさんも学んでいる量は多いと思いますが理解する方式は感覚優先です。

基本的な理論を展開している健康法なら否定するだけで終わらせるのはモッタイナイです。まずは理解を深めて理論的に矛盾が無さそうなら否定をする必要性は無いと思います。またそこから興味を持てば実践してみるのもいいかもしれません。

実際にやってみれば理論的には分かっていたけど自分の身体にとってどんな影響が出るのかが理解できます。

その健康法が1000人単位で考えてどれだけの割合効果があるのかは考えるべき

健康法が理論的に正しいと理解した後で考えるべきなのが実践者の中でどれだけのヒトに良い作用が訪れたのか?

悪い作用が訪れたヒトの割合はどれくらいなのか? 悪い作用が起こったヒトの中で理論に適していない行動や、身体の疾患は無かったか?

良い作用が起こっているヒトの特徴はどのようなものがあるのか?

こういった考えは実証人数の割合だと考えることが出来ます。これを知れば上手くいかなかった場合のフォローもしやすくなります。

あんまり当てにならないものの例

以下は今までの理論を学んでから否定するか肯定するか考えるという範疇から適用外となる例です。

  • 「コレだけやれば大丈夫」という健康法

当たり前の話ですが、単一のものだけを摂取し続けたり、単一のものだけを繰り返し行ったりするだけで健康になるのであれば、人類はここまで健康に関して関心を深くしません。

健康を得るためにはまず人体を理解することが重要なのですが、人体は宇宙と並んで科学的理解が及んでいない正に小宇宙というべき存在です。今分かっていることで最善の方法を取る事でしか、健康を得ることは出来ません。

そして人体の全てを理解できていない人類は「健康」という最終目標までの最も効率的な最短ルートを未だ知ることが出来ていません。

つまり1つの問題に1つの解決策を出しながら、複雑に絡み合う「健康の最大化」という問題提起への最高の解答を探している段階なのです。そんな段階で「コレだけやれば大丈夫」なんてものは根拠すら無いものなのです。信じるのは良いですが騙されたと気付いた時に憤っても誰も同情はしてくれません。アナタ自身が信じたのですから。

  • 「バランスが1番」を多用するのはバランスの根拠が無いから

バランスの良さを協調するのは理論の粗を隠すための場合がほとんどです。現在、糖質制限でも糖質摂取量は少なければ少ないほど良いという状況ですし、分子栄養学は半世紀も前からメガビタミン主義を貫いています。

常識的なバランスの良さを強調するのは、その方式が大衆に受け入れやすい方式だからです。もっとも、バランスの良さも使い方次第です。理論を拡大普及させたい場合、この「バランスの良さ」は実に使い勝手の良いツールになるからです。

これを利用して普及に成功しているのが山田悟先生の進めるロカボです。

巷では理論的に糖質制限の良いところを半分も享受できないとか、糖質制限とは認められないとか色々ボロクソに言われていますが、最も現実的に糖質制限を普及できている成功者は山田先生であると言っても過言ではありません。

糖質制限の良い効果の半分も享受できないというのはケトン体の効果などを考えると確かにその通りなんですが、ロカボから興味を持ったヒトが勉強して糖質制限への学びを深くして、ケトン体による代謝を選択するかどうかという話なので、両者の提示している問題は全く別であると言えます。

糖尿病患者であるならそんな悠長な事も言っていられませんが、糖尿病でなくしかし質的栄養失調に陥っている多くのヒトに受け入れられる手段を作り上げられるヒトが最も優秀なのは誰が考えても結論は分かりきっていますよね。

まあ話を戻すとバランスの良い」という言葉は多くのヒトに受け入れて欲しいから言っているに過ぎないというロジックであるということです。上手く使えるヒトもいるし、悪く使うヒトもいる。そういう類の言葉です。

  • 「自分を信じる」とは自分の学んだ知識の根拠を信じられるようにする事

自分を信じるとはそれほど観念的なものではありません。自分の学んだ知識の根拠を信じようというのが正しく、何の理由もなく自分を信じようと言っているのはただただ眠いだけの理屈です。

自分で学んだ知識を信じると決める以上、そこに責任感が生まれます。ヒトは自分で決めたことは頑張れるものですから、これが健康法を信じる最も大きなモチベーションとなります。健康法を提唱する先生を尊敬するのは結構ですが、信じるべきはそこではありません。

今の興味は「糖分は人類の最も重要なエネルギー」

今、理論として興味深いなと思っているものがあります。それが「糖分は人類の最も重要なエネルギー」というものです。

この理論では1日300gの糖分を摂取することが健康に繋がるとしています。勉強途中ですが理解できる部分と、全く理解できない部分があるのでまだまだ実践しようと思う段階に至りません。

今は正直な話、マユツバな健康法です。ですので、もうちょいお勉強しようと思います。1日300gの糖分はグリコーゲンの貯蔵量としてカウントしているのかなとか、精製された糖質と加工食品を避けるとかそういったものは理解できるのですが、肝心の理論の中核部分がイマイチで理解が及びません。

まあこの話についてもおいおいしようと思います。勉強段階で実践段階に無いものですからね。

今は糖質制限(自己流)、断糖+高たんぱく+中脂質

それに加えて分子栄養学、メガビタミン+ミネラル処方

で問題なくやれてますしね。

新しい事を学べば、それだけ新しい気付きも生まれる。モノの真贋を見極めるのに必要なものは「ブレることの無い軸理論」と「知らない事を学びたいという姿勢」ではないでしょうか。

学びたいと思えば適当な理解で済ませようとは思わないでしょうし、ブレない軸理論があれば相手の言葉でむやみやたらに揺らぐ事なく理論を見つめることが出来ます。

最後まで読んでいただきありがとうございます。










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