目からウロコの落ちた話 -子供が母親にだけイヤイヤする理由-




おはようございます。リンさんです。

東日本大震災から早7年の月日が経とうとしています。良くも悪くも記憶というものは風化して行くものであるという事を実感しますね。

記憶を途切れさせないように受け継がなくてはいけないという意見ももちろん正しいと思いますが、悲しい出来事に遭遇した当事者全員がそのように思えるわけではないと思いますから、忘れていくという事自体が悪い事だとは思いません。

もちろん災害の記憶、同じような災害から身を守れるように語り継ぐ事は大事です。しかし語り継ぐだけではなく次代でも有用な技術として教育できる何かが必要な気がします。

7年が経過しましたが、未だに世界で FUKUSHIMA は チェルノブイリ と同じ意味の地域という認識ではないでしょうか?

復興とは何なのか? それを考え直す時期に来ているような気がします。福島にこそ今の日本が失っている希望がある。そう思う事すら今でも不謹慎なのでしょうか。

子どものイヤイヤについて男2人で話した結果

知り合いの保育士と子どもがイヤイヤする理由に関して雑談した事があります。

その保育士というのは5つ下の男で、一昔前で言うなら保父さんってやつですから色気のある話ではありませんよ。どうやらリンさんは色気というヤツを前世で使い切ったか、来世の分として今生分まで先に予約してしまったようなのでね。

たまたま出会ったんですが何の因果か時々飯を食う仲になったわけです。誘ってくるのは専ら向こうなので、おそらくリンさんと違い孤独を楽しめないタイプなんでしょう。

いわゆる児童心理学なんかを真面目に勉強しているちゃんとしたヤツで、子どもの行動に関しても結構な観察を行っているようです。もちろん保育士じゃなければ「子どもの観察」なんてただのヤバイやつなんですけど。

その彼が言うには子どもとは成長の段階で甘えにバリエーションがあるという事なんですね。まああくまで1個人の見解として捉えてもらいたいものですが、例えば、赤ん坊の頃は母親の匂いを覚えて甘えるわけです。ですが匂いだけなので判断が曖昧になる時もあるらしく、そういった時に祖母であったり構ってくれる女性に対して笑顔になるという時もあるようです。

少し成長してくると両親が認識できるようになり、その両親に甘えるようになるわけですね。これが次の段階に入ると少々甘えの構造が変わってきます。

両親の中でもランク付けが発生するようになると、1位に関してだけ特殊な甘え方をするようになります。これが保育士の彼が言うにはイヤイヤの正体らしいのです。

100%の感情で甘えられる1番好きなヒトとそれ以外を隔てる事が出来るようになる事で「人見知り」という状態であったり「イヤイヤ」したりするということです。

自分を思い返せばそうですが、恋愛に関して思い返してみても最初はストレートな愛情を表現している段階がありその後やや慣れてきたような段階で相手の好意を測るような逆の愛情表現を行ったりとかしますわ、確かに。

とまあそんな子どものほんわかした成長に関しての話にオッサンの恋愛感を交えたことで、彼から「それは成長じゃなくて別の症例かなんかとちゃうか?」と言われてゲンナリしたのを覚えています。

何はともあれ子どもは成長段階で1番好きなヒトを決めてその相手にだけイヤイヤするんですな。概ね赤ちゃんが生まれて初めて認識する相手であるという理由や、接する時間の長さから母親がなるようです。

成長ってやつはほんの些細な事でも感じられるんだな~なんて思ったりしますが、リンさんがそれを実感できるようになるのは予約した来世にまで進まないといけないので今生では無理そうです。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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