糖質を常食している世界




おはようございます。当たり前ですが今日もリンさんです。

いつもテレビを流し見ているんですが、とあるドラマの宣伝で「無痛分娩を選ぶなんて赤ちゃんの事を何も考えていない自己中心的な母親だ」というセリフを聞きました。

コレを言った人間が現実にいるとは考えたくないのですが、もしそんな人間がいるならそいつはマジモンのアホなんだろうなと感じます。

赤ちゃんの事を考えない母親というのは虐待を平気でしたりネグレクトに陥らせる人の事を言います。

赤ちゃんにとって最も重大なリスク要因は「母親がいないこと」です。上記はそんな母親がいないリスクの典型です。

無痛分娩を選択したから赤ちゃんの事を考えていないというのなら、これを言う人間は出産の疲労で母体が死んでも赤ちゃんが生まれればそれで良いといっているおバカさんなのです。

出産を迎える妊婦さんが赤ちゃんへのリスクを取りたくないと思うのは当たり前です。ですがそのリスクを承知でも母子共に健康で出産を終える手段の1つとして無痛分娩があるわけです。

苦渋の選択、悩んだ末の結論に対して軽々しく言うべきものではありませんし選択肢を狭めることにはもっと意味がありません

たかだかドラマの脚本(しかもCM)に本気になりました、反省。

糖質世界で生きている

現代人は皆、異常に溢れ返った糖質によって食事をコントロールされる糖質世界に存在しています。

何故こんなにもヒトが糖質から支配される世界へと変わっていったのでしょうか?

それにはまず糖質がどのようにヒトの世界へ浸透してきたのかを掘り下げていく必要があります。

糖質との出会いは人類の農耕開始から

人類はおよそ1万年前に農耕を開始しました。穀物は人類にとって扱いの難しいものでしたが、穀物を栽培するようになった人類はやがて定住化を果たします。実際は定住化を図らなければいけないほど穀物の栽培は手のかかるものだったからとも言えます。

しかし何故そこまでして人類は穀物を栽培しようとしたのでしょうか?

ずっと骨や肉を主食としてきた人類が狩猟採集のライフスタイルを、穀物栽培の為に定住化させ農耕を行うライフスタイルへと変化させた理由とは何だったのでしょうか?

少なくとも糖質が人体にとって最も重要なエネルギーだったからとは考えられません。農耕を始める前までは糖質の摂取量はとても少なかったわけですから。

考えられる理由があるとすればたった1つ。脂質やたんぱく質と違って、糖質は物凄く刺激の強い物質だったからです。

糖質に分類されるデンプン質は火を通すことで甘みが発生し食べられるようになる

デンプン質が火を通すことで甘みが発生し、美味しくなることを人類はドングリを食べた時知りました。この事は人類にとって衝撃だった事は間違いないでしょう。

甘みとは果実を見つけたときなどに偶然手に入る貴重な味だったからです。

その後狩猟採集生活を続けながら、火を通すことで甘くなった植物を食べるという習慣も出来てきたと考えられます。

そして人類は栽培可能な穀物と出会います。それがムギとコメです。

前述のように穀物を栽培することは定住化をしなければなりませんでしたし、必ずしも収穫量が安定しているともいえず人類は飢餓に苦しむことになりました。

更に糖質を主要成分とする穀物はエネルギーにはなりますが身体を構成する材料になりませんから身長は低くなり寿命も短くなりました。

それでも人類が農耕をやめなかった理由とはなんでしょうか?

糖質摂取で快感を感じる

必ずしも生存に有利ではない穀物を栽培し人類が糖質を主要エネルギーとした理由。それは糖質摂取による依存状態の維持が目的でした。

糖質は摂取すると脳内の報酬系という領域でドーパミンを分泌させます。これが条件付けとなり糖質摂取により快感を感じることになります。

コメをたっぷり食べた後の満腹感は胃袋で消化できない糖質がずっしり残っているためという事実もありますが、それ以上に脳内報酬系からのドーパミン分泌による多幸感が影響しています。

脳内報酬系がドーパミンを放出するのはヒトに褒められた時や認められた時、糖質を摂取した時、アルコール、タバコ、薬物などの依存物質を摂取した時で、それらは全て幸福感へ繋がります。

しかしその幸福感は長く続きません。しかもより強い刺激を与えなければその内快感を感じることも出来なくなります。これが脳内報酬系のドーパミン分泌による依存症の発露です。

糖質が毒であるとする考え方はここから来ています。よって糖質は依存物質の中でも最も人類と付き合いの長い物質であるとも言えます。

農耕開始初期であるこの時期、穀物による糖質摂取が出来た人類はいわゆる各時代の権力層に存在していますから、快感を得るために被支配層に穀物を栽培させた為に低栄養、低身長、短命、飢餓などの問題も浮き彫りになりました。

砂糖の発見と庶民への普及

糖質を大量に摂取したいと願う人類は穀物栽培を始めた後、更に運命的な出会いをします。

それこそが砂糖との出会いです。歴史的に砂糖はインドが発祥とされていますが、実際に世界(この場合欧州などの白人世界の意味)に普及し始めたのはスペインでサトウキビの栽培が始まった西暦714年ごろと考えられます。

その後十字軍の遠征や大航海時代、帝国主義の植民地政策などを経てサトウキビの生産量は全世界規模で増え続けていきます。

その中で貴族の嗜好品だった砂糖は庶民を働かせる手段として庶民の間にも広まっていきました。

同じような流れは日本にも言えます。日本では砂糖ではなくコメでしたが。

日本では年貢として貨幣の代わりとしてコメが扱われていたため、地域の農家ではコメは食べるものではなく売るものでした。

そうやって地域からのコメを一極集中させたのが江戸幕府や大阪の商人たちであり、やがて彼らの手によってコメは庶民の食事にも登場するようになります。

それでもコメを食べられる庶民は江戸や大阪に限られ、全ての庶民がコメを食べられるようになったのは第二次世界大戦(大東亜戦争)後の高度経済成長期ころでした。

過剰な砂糖摂取が始まる

既に世界規模の大規模プランテーションなどでサトウキビの栽培は最大化していました。

そこへ更に条件が重なります。

それこそ1950年代の脂肪悪玉説でした。脂肪を悪いものだとし低脂肪のものや炭水化物は身体に良いものだとする考えです。

その結果、私たちの生活に更に砂糖が必需品となっていきました。生産量やコストを抑えようとして科学技術を使い人類は最大最悪の物質を作り出します。

それが異性化糖。科学的にトウモロコシから果糖とブドウ糖を作り出した糖です。これにより今まで増加傾向であった砂糖摂取量に更に拍車がかかります。食品のコストを下げるためにこの異性化糖はありとあらゆる加工品に使われてきました。

トウモロコシやサトウキビが不作になると世界中のあらゆる原材料が高騰する理由がコレです。砂糖は様々な形で私たちの生活のあらゆるシーンに浸透しています。

至福点という科学

砂糖のドーパミン分泌による依存性は科学を用い更に巧妙になりました。

それが至福点という論理です。

至福点はある一定の濃度までの砂糖配合がヒトの味覚に作用した時、幸福を最大限感じる事が出来、それ以上の濃度では幸福をそれほど感じないというものです。

その濃度を見極めるために全ての食品で砂糖添加の濃度は効率よく最大限に達していきました。

私たちは科学的に最大濃度の砂糖を食し幸福を感じるように仕向けられています。

糖質世界に生きる

私たちは全く比喩表現ではなくグリム童話のヘンゼルとグレーテルのようにお菓子の家に誘われて人食い魔女の魔の手にかかる1歩手前まできています。

グレーテルのように魔女を釜戸に追い詰めて未来を掴むことが出来るのか。それとも魔女の手にかかってしまうのか。

この数十年で魔女のほうへ大きく傾いている天秤を元に戻せるのは自分自身しかいないのです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。










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