人口減少に対する団塊世代の功罪




おはこんばんにちは、リンさんです。

自分の家系に関して「おや?」と思った時、普通にやってたんではこの程度の人間像で終わるんだろうななんて感じてしまった事があります。

親は自分を映すものです。おそらく人生でそれなりに頑張って手に入る最高の将来が親なわけです。

大体は親から2〜3割引くらいの大人になります。

もちろん、親よりも良い人生を歩むのなんて簡単です。でも親の劣化版として完成するのは、それよりも簡単なので実現可能性が高くなっちゃうという困ったものです。

人口減少ピラミッドというロジックの盲点

現代社会はヒト1人が生きていくのにも多くのコストがかかります。

そして社会の中でコストとして考えると最も大きな割合を占めるのが子育て、あるいは介護でしょう。

おそらく社会で得られる報酬よりもかかるコストが大きくなってしまうので、ここは政治的な介入が必要になってきます。

だからこそ少子化対策、高齢化対策などが声高に叫ばれているわけです。

そういった対策はもちろん必要ですが、そもそも日本は本当にこの問題が抱えている闇を理解できているのでしょうか?

というのも、まず少子化の傾向として人口ピラミッドという指標があります。この指標は各世代の人口を横軸で表しそれを繋げるといったものです。

その中で突出しているのが高齢者で医療や介護の必要性が大きくなってくる団塊の世代です。

そこから以後、尻すぼみになっているから人口は減るのだとしているわけです。

しかし比率で考えると、人口当たりの出生率は低くなっていません。

となると日本の少子化の最も大きな理由はこの団塊の世代における日本の行動にあると考えないといけません。

経済は成長していきます。しかし日本的経営を重視してきた為に、日本の経済というのは力不足が否めません。

つまり手に入るお金が少ないにも関わらず、介護などにかかるお金が、この団塊の世代によってピークを迎えてしまうわけです。

そして団塊の世代全てを賄えるほどの人的、金銭的な余裕は医療には存在しません。団塊の世代はそれ以前の世代よりも人口比が大きいからです。

そしてその負担は国の借金として、その後の世代に割り振られていきます。

国の借金を無くすには国の税収を大きくしないといけません。

しかしここでも大きな問題を団塊の世代が残しています。

高度経済成長期は正直な話、何でも売れた時代です。それに浮かれてしまった結果、企業は教育への投資をやめてしまいました。

消費者に安いものを提供する為だけに特化した経営と言ってもいいかもしれません。

その中で最も割を食ったのが従業員の給料と教育の待遇です。

何もしないでも売れる世代の成功体験に縋れば、教育水準の高さなんて関係無いからです。

給与も年功序列にしておけば、自分たちはもらえる額も割と安泰で、自分よりも若い世代を安いコストで扱う事ができます。

そうして出来上がったのが団塊世代の劣化コピー集団で作られた企業経営者と呼ばれるヒト達です。

この連鎖が下の世代へと繰り返される中で、団塊ジュニア、アラフォークライシスなどの各世代ごとの味わい深い難問を作り出してきました。

今や手取りは安く、そもそもそれが嫌で終わっているなんて嘆くのであれば自分でなんとか道を切り開いた方が利口だという結論に至っています。

これはつまり上の世代のアホに気を取られていないで自分たちを磨いた方が良いという結論なわけです。

そろそろ団塊世代の医療難民という問題が出てくるでしょう。

そうなってくると、若い世代は自分たちでなんとかしないといけないと気づいた反面、彼らはそれすら気づかずに文句を垂れるモンスタークソジジイとなるわけです。

そういったものに引っ張られ、さらに日本は下の段階へと落ちていくのでしょうか、それとも意識を切り替えて乗り越えていくのでしょうか。

高度経済成長期を支えた世代といえば偉大な気もしますが、大半はバブルに浮かれていたトンチンカンです。

これからの日本はきっと老人が香ばしくなっちゃうんでしょうね。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です