貧困と肥満は相関する




おはようございます。リンさんです。

暑いのは嫌いです。汗をかいても昔ほどは不快ではないにしても行動に至る前の思考が鈍っている感じが嫌いなわけです。

暑さに比べれば寒さはずっとマシです。もちろんどちらも気象条件としては厳しいのですが、寒いとゴキブリがいなくなるという特典がありますからね。

南方の暖かい地域には大きく肥大化したゴキちゃんがいるので、申し訳ないのですがどれだけ住みやすくても何となく嫌な感覚が拭えません。となると消去法として寒い地域となるわけです。

もちろん暑くも無く寒くも無い環境があれば、それが1番である事に違いないですが……。住まいを変える予定も無いですが、こう暑いと涼しいところに行きたいぜ~と色々妄想してしまいます。

貧しいと肥満になりやすい

貧乏であるという事は抗いがたい環境要因によってもたらされる側面を持っているので中々脱却する事の難しいものの1つです。しかも日本の場合は貧困になるように教育されているので、親から引き継ぐ遺産の中にも貧困というものがあるくらいです。

こういった教育を徹底した結果、日本で貧困が蔓延しているというわけです。それこそ最初は病のように問題を抱えている少数だったにも関わらず今では貧困層が非常に多くなったせいで貧しいのが当たり前という常識として存在しています。

貧困や貧しさというと金銭的なものを第一の理由に考えますが、金銭的な貧困は様々な結果をもたらします。

まずは幼少時の栄養状態の貧困です。そして学力の貧困。

幼少時の栄養状態を改善するのは非常に難しいものがあります。特に親がその食事で問題ないと認識している場合は、栄養を満たす食事というものに考えが及びません。

子どもに何らかの疾患や問題行動が起こると精神的なものや子ども自身が抱えている感情に問題があるように考えてしまいがちですが、子どもの精神や肉体を形づくったものこそ親の与えた食事とその栄養であるという自覚を持たないと問題の根幹を見据えていない為に問題解決の足がかりを掴めません。

その後に迎えるのが学力の貧困です。精神的な問題が原因で学習能力に問題がある場合や、金銭的な貧困によって親よりも上の学力を得る事が難しくなります。学ぶというのは「学ぶヒト達の集団に所属する」という事なので、今まで自分が経験した事のないものや知識を得る事に役立ちます。

そしてその時、自分が持っている価値観が固定観念でしか無い事や世界を広める知識を知る事の大切さを学ぶわけです。これは同じ学力や同じ環境で暮らしていると変化が無いので、異なる者同士と付き合う可能性のある学ぶ場所というのが非常に大事になるわけです。

栄養条件と学ぶ力の向上を乗り越えられないと親の価値観を引き継ぐようになり、親の価値観の中に貧困が含まれている場合が、そのまま子どもが貧困を引き継ぐという事になります。

これは日本では概ね親孝行とか「親の言う事を聞く」といった美徳で語られてしまう部分です。しかし引き継ぐものの本質を理解しない事には親から貧困も引き継いでしまう事になりますし、高い確率でそれを自分の子どもにも引き継いでしまいます。

今回はそんな貧困が肥満になりやすい状況を作る理由を考察します。

① 炭水化物摂取比率の上昇

貧困というよりも金銭的に恵まれていない場合、食事に関して求めるものは満腹感というものだけになります。この場合は栄養として満たすというのが難しくなります。

というのもこの満腹感の正体こそ「血糖値の急上昇」だからです。血糖値が上昇すると脳は満腹感を信号として送ります。その後、インスリンが分泌される事で血糖値が低下し再びお腹が減ってくるわけです。

この満腹感は非常に分かりやすいものです。腹部の膨満感とも言うべき感覚で「食べたな~」という感覚を想起するから満足感につながるわけです。

そしてこの満腹感を最大限もたらすものこそ糖質です。貧しいと何故に糖質を求めてしまうのか? それは糖質が安価である事が最も大きな理由ですが、この満腹感も大きいです。

特に子どもの頃から糖質による満腹感を味わっていると糖質を求めるようになってきます。そしてその糖質による満腹感を最悪の条件で実現するものがお菓子やジュースによって満腹になり食事が出来ないという状態です。

こうなってしまうと作り出されるATPが少なすぎるので成長と肉体維持双方に問題が発生します。そしてそれがやがて精神的な問題にまで発展していきます。

② 知識の更新停滞による思考停止

じゃあリスクを知っていればそんな貧困なんて回避できるではないか。そう考えるかもしれません。しかし、それはそう簡単にはいきません。

何故なら、そうなってしまうと糖質主体、特にお菓子やジュース主体の食事を直す事が難しくなってきます。年齢を重ねる事である程度は食事を摂取する事も出来るかもしれませんが、それでも生活からお菓子を取り除くのが難しいものです。

これは糖質摂取が慣習となってしまい、自分の嗜好を切り替えられないほどに思考停止してしまっている状態ですが、これは特に珍しい事ではありません。

ザックリ言うと貧困は思考停止を伴う病態だからです。お金が無いのは貧乏ですが貧困はそれに付随する思考停止を伴う事で起こる様々な問題の事を指します。

ではこの思考停止がお金持ちで起こらない理由は何でしょうか。

お金持ちは無用なリスクを回避するのに対して、貧しいものは無用なリスクの存在を知る事が出来ないという面があります。こういった健康へのリスクに関しても同様の事が言えます。

お金持ちでなくともヒトとの関わりが多岐に渡るヒトなどもそうですが、色々なヒトの考え方や生き方を知る事で様々な考え方とその価値を学ぶ機会が多くなります。そしてその知識が自分にとって価値のあるものだと知る機会も増えるために、自然とお金持ちはそういった知識を学ぶように思考を巡らせるようになります。

例えば大規模なタバコ産業の会社で重役以上の役職を勤める富裕層は自社の製品であろうとタバコを吸わないというのは有名な話です。彼らにとってタバコは利益を生み出す有用な商売道具であって、自分の嗜好を満たすものではないからです。

タバコは有害なものと分かっているから吸わないわけです。

これと同じ事は資本主義による経済支配が起こっている国の企業であるならばどこでも起こっていると考えるのが普通です。今の研究で分かっていない健康へのリスク以外にも、既に分かっている健康へのリスクというのがあるという事です。

他人にとって不都合なものでも自分にとって利益になるような事実であればヒトはそれを囲い込んで自分だけの特権にしようとします。そういった悪人論が嫌だから聖人君子を語るのでは実にバカらしいわけです。現実に横たわる事実を知る事でそこから打開しようとするヒトこそ尊いのですから。

そしてその為には思考が必要になってきます。ですから思考を巡らせるループを確立しているお金持ちは健康に対しても敏感になり、そういった習慣の無い貧困層は健康に関しても鈍感になります。

お金が無ければ健康になれないのか?

当たり前の話ですが、お金が無ければ健康になれないわけではありません。しかしお金があれば健康への投資も出来るので成功しやすいという側面はあります。お金が無ければ自分へ投資する事や知識へ投資する事が難しくなるからです。

問題はむしろ貧困の側にあります。そしてその貧困とはヒトの思い込みや勘違いがもたらすものなわけです。我々は思った以上に誰かの都合に良いだけの事実を常識として刷り込まれています

そしてそれを糾弾したり、誰かの不正を正義で正したりする事で是正できると信じています。しかし、それで世の中が変わる事は無いといえます。誰かを信じて自分の信念や人生を託す事に意味は無いのです。

自分を高めなければヒトからの見る目を変える事は出来ません。そしてヒトを見る目を変える事も出来ません。

家族は愛しいものです。しかし愛しいから全てが正しいわけではないわけです。

貧困の根源は他者依存です。ですが家族とは本来、他者貢献でなくてはいけません。日本に蔓延している他者依存に飲み込まれてしまって貧困に至るのは誰にでも訪れる危険性があります。

だからこそ他者貢献とは何かを考え直さなければなりません。そういった物事を考える一助として貧困と肥満について考えてみるのもいいのかもしれません。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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