ヒトの都合で物事を考えても上手くはいかないのかもね




おはこんばんにちは、リンさんです。

手当をするというとなにかとスピリチュアルに捉えられがちですね。

事実、手を当てるだけで癒せるというのはフィクションだけの存在なわけです。

しかし手当はファーストエイドである事に間違いありません。

様々な傷は出血を伴います。血液の喪失はすなわち死へと直結しますから、そこに手を当てて出血を止める為に圧迫します。

実用的な手段で生まれた言葉ですが、何でも神秘性を持っていると思いたがる現代では言葉は勝手に歩いて行ってしまうものかもしれません。

手を当てるだけで気分が良くなるのは確かでしょうが、まあそれで疾病が治癒されるのは確率的に万に一つといったところでしょう。

蚊を絶滅させるというヒトの驕り

ヒトはヒトの築き上げてきた常識の中でしか生きられません。そういう理由から社会を形成しているわけです。

ヒトはヒトの社会でなければ生きていけません。社会的なインフラ設備を整えて多くの「害」から守れるようにしてきました。

塀で囲む事で肉食獣に怯えなくて済むようになり、医療による長寿、外科手術による延命などが恩恵として与えられました。

ヒトを捕食する者や病を駆逐して、これからも駆逐し続けるのがヒトの性というわけです。

そういう事を考えていくと、今の人類の敵は人類自身、そして人類以外の害となるとウィルスとなります。

人類が敵となるのは必然で、異なる社会で育ったものは本質的には分かり合えないからです。

そんな事は無いと言われるかもしれませんが、思想優先主義になれば隣人すら敵になるのは歴史の必然です。

今回はそういった部分ではなく、ヒトを最も殺している災害であるウィルスの話です。

世界中で最もヒトを殺しているのはヒトによるさつじんではありませんし、ウィルスと言っても凶悪なものではありません。

世界最大の人殺しは「蚊」です。正確には蚊によって媒介するウィルスですね。

エボラ出血熱などはインパクトは強烈ですが、あれは宿主であるヒトを早く殺しすぎる為に爆発的な流行は起こりません。

蚊の媒介するウィルスは致死率も高く、感染能力も高いので注意が必要になります。

そこで最近では繁殖力を持たない遺伝子改良の蚊を育てて、外で交配する事で蚊を絶滅させてしまおうという目論見がありました。

実際、これは実験初期は効果を上げていたようです。しかし減少は見られたものの最後には元の数に戻ったようです。

しかも最終的な副産物として耐性が強化された変異種の蚊が発生したそうです。

これはヒトの常識で物事を考えてしまう事の弊害を表しています。

抗生物質の多用で抗生物質に耐性を持った新しいウィルスが出現したのと同じ理由です。

生物を物理的に絶滅させるのとは違い、微細生物を科学的に無害化するのは不可能に近いものがあります。

炭素を主元素とする菌類の集合体が自然の姿だからです。これにはヒトという種も含まれます。

自然を定義する原初の理由を根絶しようとしても出来る訳が無いわけです。

しかもそれがヒトの社会だけで通用するような理屈なら、当然と自然の方も対策を立ててしまいます。

ヒトの社会はヒト自身が講じないと社会を守れませんが、自然は自然自身が自動的に防衛機能を発動させます。

突然変異という偉大な偶然をシステムに組み込んだ自然の法則は歪められません。

しかしその自然の一部を歪めてしまったヒトという種は、それをなんとか出来ると勘違いしています。

抗生物質に耐性を持った耐性菌の存在が非常に危険であるように、間違いなく耐性を持った蚊も大きな問題になります。

世界で一番ヒトを殺している通常の殺虫剤で蚊が殺せなくなったらどうなるでしょうか?

今のところヒトを殺すような種類の蚊に耐性を持ったものが発生していないので問題ないと思われているようですが。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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