多くの病名に振り回される前に知っておきたい栄養学




おはようございます。リンさんです。

さてさて、 MeToo などでセクハラに対して声をあげる事もおかしな事ではないというような意識が芽生え始めて嬉しい限りでございます。オジサンは基本的に50歳を過ぎればドンドンとポンコツへの道を歩む生き物ですから、他人が声を上げなければ自分がヤバイという事すら分からなくなりますからね。

しかし、こういったセクハラ告発のような手段を用いて自己の目的を達成しようとする者も現れるのではないかという意見もあります。リンさんもその意見に大いに賛成です。実際に被害に遭われている方にとっても実に酷な話です。セクハラで傷ついている事や世界からこのような差別を無くす為に発信するといった目的を持って使用されるべきものを悪用する輩が出てくるからです。

こういった事も理解しておかないと、誰かのイメージを著しく損ないたいと思う誰かによって、セクハラに対しての武器となるべきものが別の意味を持った武器になってしまい、最終的にその手段で訴えるものの全てが「イメージ操作かもしれない」と疑われかねないからです。

こういった問題は自分の中に主義を持たずに、そこかしこで叫ばれている正義という名前の主義に傾倒する時に起きてしまいます。正義とは自分にとっての正しい義であって、人類全体を統一する正義はありません。ましてや正義で世界が変わる事はありません。

そんなものが存在していれば、人類はとっくにたった1人の支配者を置いて地球を統治している事でしょう。まあむしろそうならなかった事に感謝をしなければなりません。だって、たった1人の支配者が示す正義だけの世界なんて何が面白いんでしょうか。それは今のテレビやネットの中で正義を語る多くの知識人の言う「多様性の認められていない世界」そのものです。

管理しやすい世界こそ美しいとする思考は現実逃避でしかなく、管理しにくい世界だからこそ世界は本当に美しいわけです。まあだからと言って何でも勝手気ままにやるからいーじゃんという話でもないですからね。

異常なほど不公平な世界ですから、それに振り回される事なく自律を行いたいなと思う次第です。

病名が付くと安心してしまうのは止めにしませんか?

ヒトは身体の調子が悪い時にどんな病気なのかを知る事で安心を得ようとします。程度の差は大きいですが、熱っぽいのであれば「風邪かな~」とか、頭が痛ければ「偏頭痛だわ」とか判断しますよね。

そういった感覚を持っている為に、身体が何だかダルいのに病気でもないんでもない状態 = いわゆる不定愁訴 という段階に非常に不安を覚えたりします。20代まではこの感覚は薄いわけですが、30代を超えてくるとこの感覚への恐怖というものが芽生えてきます。

これを見事に逆手に取っているのがテレビの凄腕医師とか名医とかそういった特集なわけです。とある患者がどの病院へ行っても原因が分からなかったものを見事に見極め治療に成功したっていう話はよく耳にしますよね。こういったものが人気になるのは、自分が感じている正体不明の不調に病名が付く事で治療が可能になると思っているヒトがまあ非常に多いからなんでしょう。

ただこれって何で病名を特定しなきゃいけないのかを考えると少し矛盾を起こしている事に気付きます。西洋医学は不調という結果を作り出している原因を特定する医療行為ではありません。不調という結果を起こしてる部位を特定し、そこから発せられる不調そのものを感じる事が無いように投薬により抑えるという事が主体の治療法です。これを対症療法といいます。

対症療法の優れた点は、身体の中にある機能に変調を来している部分を即座に取り除ける点です。そして劣る点も同じです。変調を来した部分が完全に機能を停止し身体にとって意味が無いだけでなく悪い効果をもたらしている場合、優れています。逆に機能停止ではなく何らかの原因で滞っているだけの場合、その部分の機能を抑えたり排除したりすると回復する可能性をゼロにしてしまう為、劣っていると言えます。

身体の代謝反応は全体を通して管理されているもので、1本の川のようなものです。どこかの地形を変えてしまうと全体の地形も変わらざるを得ない。対症療法の優れている点で示す場合は、その川の変化を起こしている原因が病気の場合で、劣っている場合は川の変化を対症療法によって起こしてしまった場合の事を指します。

このように対症療法は根本原因を特定して治療するという事を行いません。川の流れを無理矢理変えることで何とかしようとします。例えば心臓バイパス手術なんかは対症療法の優れた手法の1つですが、風邪に抗生物質なんかは対症療法の劣る点の1つであると言えます。

つまり医療機関にかかり病名を特定されるという事は、起きている症状を羅列した記号を付けられている事に過ぎないわけです。それは原因を突き止めている事でもなければ、根本的な治療に役立つものでもありません。

もちろん、対症療法で治療可能な病気はたくさんあります。しかしそこに頼る前に自分で出来る事があるんでね~の? と言いたいわけです。

代謝反応と栄養学

身体の代謝反応に異常が発生する事で最終的に病気となって現れる。これが病気が発現する基本的なシステムです。という事はつまり代謝反応に異常が発生しない事を心がける事で病気の予防を行う事が出来るという事です。

栄養学を学び代謝反応を正常化する為に食生活を変え、それにより自己免疫を高め病気の予防とするという考え方はアメリカで話題となり、考え方になっています。栄養学の重視というと日本で言うと分子整合栄養医学 = オーソモレキュラー ですね。リンさん的には分子栄養学の三石理論ですが。

分子栄養学の基本は高たんぱくメガビタミン活性酸素の除去です。その中で糖質制限を行うかどうかは興味があるかどうかによります。理論的に糖質制限 + 分子栄養学は最強ですが、別に食事やライフスタイルは何でも構わないのが分子栄養学の良い所です。

高たんぱくはその名の通りたんぱく質を中心とした食事の事です。三石理論ではプロテインの併用まで考慮に入れられています。たんぱく質は人体の全ての組織の材料となる物質です。材料が供給されている限り、ヒトは常に身体を作り変える事が出来ます。

という事は、細胞組織の中に不具合が起こっているのならそれを排出し新しい材料で作り直してくれます。たんぱく質が補給されないという事はこの新陳代謝が行われなくなります。細胞の新陳代謝が行われない状態になると免疫も保つ事が出来なくなります。

メガビタミンはビタミンを高用量で使用するやり方です。ビタミンやミネラルは1日分のビタミンという名前の商品で売られていたりしますが、あれは「日本人の50%は、そこに含まれるビタミンで1日分を賄う事が出来る量」です。つまり日本人の半分はあのビタミンでは足らないという事になります。

そこでメガビタミンの出番です。「効くまで増量」の言葉の下に、増量を行っていきます。ビタミンやミネラルは1日分の量で効くヒトもいれば、0.5で十分なヒトもいます。それと同じで100でようやく効き始めるヒトもいます。ビタミンはたんぱく質と一緒に運用されますから、高たんぱくとメガビタミンはセットでやる必要があります。

活性酸素の除去と言われてもさっぱり分からないと思います。分子栄養学において活性酸素とは老化現象の原因であると言われています。高たんぱく・メガビタミンを行って自己免疫を高めると活性酸素の除去も行われるようになります。これにより老化を抑制する事ができるわけですが、更にミネラルを摂取する事で活性酸素の除去に拍車をかける事が出来ます。

まとめます

医療に頼る前に、栄養を満たす。これこそ分子栄養学の骨子です。

病名を付けて安心してしまうのではなく、病気にならない為の手段を講じる事が重要になってきます。アナタの医者はアナタ自身 Doctor Yourself をモットーにしていくと「病気にならない」という事に意識を向ける事が出来るようになります。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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