標準治療はパッケージ販売




おはようございます。リンさんです。

人生を真面目に生きるという意味合いにも世代間で差が生まれています。今や汗水垂らして仕事をする事は人生における仕事の重要性を示す言葉ではなくなってきているのかもしれません。

真面目に働く事よりも自己肯定感を満たす仕事の方がずっと大事なわけです。もちろん自己肯定感を満たす仕事を真面目にやるってのは大前提です。

しかしそうなると問題になるのが他人の事ばかりを気にするような事を美徳とする言葉を浴びせてくる上の世代との確執です。他人と一緒に生きるのは人生において当たり前の話ですが、他人の事を最優先にして自分を満たせない仕事をしてきたからこその日本の閉塞感でもあるわけで、この価値観を引き継ぐのは貧乏くじを無理矢理引かされるようなものであると言えます。

さりとて自分の人生を全う出来ない状態で自己肯定感を満たす仕事をしたいと言っても、オジサン世代にとって鼻で笑ってしまうような机上の空論にしか聞こえないわけです。

そこで最も大きな問題は、価値観の変遷が起こっているのを認められずに若い世代の思いを踏みにじっているヒトが大勢存在している事を当事者が理解していない点でしょう。

今までの人生で学んできた価値観が全く通用しなくなるかも知れない時代が来ているわけですが、オジサン達は相変わらずのようです。組織に所属して社会に参加するのも、個人として社会に参加するのも若い世代には選択肢の1つでしかないわけですが……。

そしてそれに巻き込まれるのも少々ウンザリしているので、リンさんもそろそろ再始動といきたいところです。打ち砕かれる心に克を入れて頑張りましょうかね。少なくとも前の世代の価値観でリンさんは自分自身が幸福になれないと思ってしまったわけですから。

リンさんが言うのも何ですが、援助ゼロ、理解ゼロ、愛情ゼロの世代に振り回されずに生きていきましょうね。

パッケージ販売される医療

糖質制限は糖尿病治療の革新的な手法であり、現行のインスリンを用いた標準治療は糖尿病とそれに付随する合併症を減少させる事が出来ていないので糖尿病に敗北を喫しているのだとよく言われます。

確かにヒトの身体の代謝を考えればインスリンが分泌されにくくなっているのに、インスリンをたくさん出す薬を出す事には問題があると思います。

じゃあインスリンを注射するのはいいのかと聞かれれば、インスリンが過剰に分泌される事で合併症が促進すると言われている状態でインスリンをたくさん体外から取るのも問題です。

では何でこの治療が標準治療と呼ばれているのでしょうか? 理由無くそう呼ばれるわけではなく、物事には何でも理由が存在しています。

そしてその理由の中で最も大きなものがパッケージ販売です。

パッケージ販売のメリットは2つあります。1つが消費者側の選択の容易さです。よくファミレスやファストフードに行くとランチセットやバーガーセットのように1つのパッケージとして商品を売っている事があると思います。

ああいったものがパッケージ販売という手段です。これが消費者側に与えるメリットは選ぶ際の時間短縮とちゃんとした食事として提供されるという満足感です。

もちろんそのセットだけでお腹いっぱいになるかどうかはそのヒト次第ですから、足りなければ追加するでしょうし多ければ減らすでしょう。

これが医療の標準治療にも適用されます。こういうパッケージで販売されている治療があるから選ぶのが楽ですし、治療法としても保険適用されるのでちゃんとしてますよって事です。

もう1つが提供者側へのメリットです。食事のセットなら原価の高い食品と原価の低い食品を組合わせて販売する事で利益を確保するといった具合です。

つまりは消費者側にとっては選択肢を持つ事で容易に選べる環境と、それを補償ありで受ける事のできる環境を提供します。そして、提供者側には利益を確保する為の手段を提供しているわけです。

受容と供給を双方満たすものなので標準的な治療といえるわけです。というよりもこれを満たさない限りは「標準」と呼ばれる事は無いでしょうね。

パッケージの問題

しかしパッケージ販売には問題が存在しています。それはパッケージを売る事で得る利益のみを追求してしまう価値観の発生です。

選択肢が多様な社会が多様性を容認しているというわけではありませんが、パッケージ販売を長く続けるとその中で発生する利益や変動に関して特別な権利を有する集団が発生してきます。

その集団の中ではそのパッケージこそが最良であり、それ以外では自分の得になる部分が担保されないので新しいものに手を出しにくくなってしまいます。

現在、標準治療がその利便性よりも問題のほうが大きくなっているのにはこういった理由もあります。そこをどう打開するのかという意識において日本は常に後手に回るという特徴もあるので、この問題が一気に解決する事はありません。

標準治療を選ぶという選択肢は残り続けますが、それに付随する問題は解決しないまま続いていくわけです。今のところ、利便性を求めるヒトには標準治療こそ最善である事は事実です。

ですが標準治療に問題を感じているのであれば、ネットやSNSを探せばいくらでも情報が出てくる時代にはなりました。今のところ選択肢としては少し弱いですが、それでも別のものを選べる時代ではあります。

セイゲニストとしてはもう少し色々簡単に選べるようになればいいなとは思いますが、社会は一気には変わりませんからね。今回は標準治療の良さについて考えてみました。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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