三十六計逃げるに如かず。ストレスは基本回避する方向性を持つという事の重要性




おはようございます。リンさんです。

無気力な状態というのは実に厄介で、体力や健康度の増強されている現在においても無気力な状態で培った生活習慣というものは継続していたりします。

どゆことかと言いますと、まず何に関しても興味が薄いというのがあります。糖質制限やオーソモレキュラーの知識を学ぶことは楽しいものですが、その中でも冷めて見ている状態の自分がいることが分かります。

これが物事を俯瞰で見るという状態に繋がるのであれば良いのですが、世の中それだけでは済まないのが現実ですよね。

ヒトの心が理解できない。ヒトに対して優しくない。仕事に情熱が無い。やる気が感じられない。

リンさんがよくされてしまう評価です。

淡々と仕事をこなし、人間関係もニュートラルなまま誰色にも染まらない自分らしい仕事をすることは好まれる時は良いのですが疎まれ始めると際限がありません。

器用で世渡りの上手い人格ではないのですが、疎まれて誰かの結束を無駄に強固にする為のダシに使われるほど消耗品でもありません。そろそろ誰かの消耗品であることから卒業しなきゃいけませんね。

ストレス回避こそ最善の手段

現代はとにかくストレスの多い社会だと言われています。アドラー心理学ではストレスとは全て人間関係から発生するものですから、ヒトとヒトの繋がる機会が増えそれ以上に理解する機会の減少した現代ではそれも当然だろうという感じですね。

そしてそのストレスに向き合う時、アドラー心理学は非常に頼もしい武器になります。それはアドラー心理学がヒトの弱さを軸としている従来の心理学と異なり、ヒトの強さを肯定している心理学であるという面が大きいからだと思います。

今回はそんなアドラー心理学を用いてストレスを回避する方法を考察したいと思います。

①課題の分離

アドラーは悩むことに対して課題の分離がきちんと出来ているのかどうかを重視しています。課題の分離とは、自分の課題と他人の課題を分けて考えることが出来ているかどうかということです。

例えばここに親子がいるとしますね。子どもは将来を決める段階にきていて、両親は良い大学にいって普通の生活を送れる仕事に就いて欲しいと願っています。

しかし子どもは絵を描いて生きたいという夢を持っていました。子どもは悩みます。どちらを選択するべきか。親は思います。絵なんて将来食べていけるかどうか分からないものを目指すなんて子どもの将来が不安だと。

この場合、どちらも課題の分離が出来ていないという事になります。子どもはやりたい事があるのに、親の望み(つまり親の考える課題)で将来を悩んでいます。親の方はというと、子どもの将来(子どもの課題)について悩んでいます。

でもそんな事で悩む必要は無いのです。もし悩むというのであれば子どもは親と同じくらいの経済的権限を持つべきだし、親は子どもと同じくらい絵に関しての情熱を持った状態で悩まなければ、共に悩んでいるとは言えないということになります。

忙しくて誰も休めていないから

リンさんも陥りがちな部分でしたが人手が少なくなってくると「人手が少なくて誰も休んでいないから頑張らないと」と言う気持ちになります。実際、休むことに抵抗を感じることもありました。

ですが人手が少なく効率的に働けないというのは経営者の課題であって労働者の課題ではありません。労働者の課題とは如何に効率よく働き休憩時間を確保し休日を必ず休むかであって効率よく人手の少なさをカバーするにはどう計画を組めばいいのかではありません。

それをしなきゃならないと言うのであれば同一労働同一賃金の考え方から逸脱していると言わざるを得ません。経営者の無能を嘆くべきであって、休みであろうと働くなどという自己犠牲をするべきではないのです。

薄情な人間に思えますか? しかし実際、ヒト1人の抱えることの出来る悩みは自分1人分くらいでしかないと思います。それ以上の悩みを持つ事でストレスとなり禿げる事はあっても人生を豊かにはしてくれないでしょう。

②目的論

2つ目は目的論です。

人間は目的があって行動を起こしている。行動したらそういう結果になったということは無いという考え方です。

最も分かりやすいのが「ちょっと太っちゃって……」とかの悩み相談っぽい会話ですね。こんな時たいていの場合は「そんな事無いよ」という言葉を待っています。目的は太ってしまった状態を相談し改善することではなく、言った事実に関して否定してもらって楽になりたいわけです。

上司や部下が仕事をしない

「うちの上司が仕事してんの見たこと無いんだけど……」

「部下がやる気無くて本当しょーもない仕事しかしない」

職場でこういった愚痴はよく聞くと思います。

ただ往々にして「職場や相手が悪いというわけではない」というのが目的論の結論です。考えられる目的としては「同じ職場内での仕事に関して楽がしたい」「違う仕事に目が向いているのでこのままやる気が無いと思われてフェードアウトしたい」「他人の脆さを指摘して優越感に浸りたい」「自分が抱えている問題に関して踏み込まれたくない」などがあると思います。

もちろん精一杯相手を理解しようとした後でという条件があって初めて目的論で相手を見切ることが出来ます。

まとめ

今回はアドラー心理学を用いて対人関係のストレスを緩和する方法を考察してみました。

例えば課題の分離と似たような考え方に「うちはうち、余所は余所」という言葉があります。比較をすることのバカらしさを端的に表した素晴らしい言葉ですよね。

目的論もまた必要以上のストレスを感じなくなるのでおススメの考え方です。往々にして上司が部下の評価に対して目的論を使う場合がほとんどでしょうが、部下が上司に対して使うことも出来ます。

大事なのは自分は自分自身の目的の為に人生を生きているという事を理解し、誰かの人生と向かう方向が同じ時はあっても同じ道を歩くことは無いと理解することで、相手の存在への敬意を持つ事です。

それが自分では無い他人を尊重することと、何より自分を尊重することに繋がるのだと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

参考文献? いやマンガ紹介です。










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