糖質制限すると筋肉が分解されるという理屈は、要因と結果を無理矢理繋げただけで原因の考察がされていない




おはようございます。リンさんです。

十二支で数えてみると、人生4度目の周回プレイに入ってますます人生に迷走感が漂っています。

個人的に人生は12年周期で巡っており、前周の12年間で行ってきた事が次の12年間で結実するという考え方が気に入っています。

とはいうもののその考え方でいくと人生は最大でも10周しか存在しない事になっちゃうので、やはり健康は大事にしないといけないなとも思ってしまいます。

とりあえず目指すべき自由な人生とやらの為にも、健康は第1条件になると思うので大事にしていきたいものです。

糖質摂取不足で筋肉分解が起こる?

糖質制限が世間的な認知に至ったという実感も全体を通せばあったと言え、香川在住のリンさんの周囲だけでいけば全くと言っていいほど周知されていないと思ってしまった2018年。

2019年は更に大きく飛躍しそうな糖質制限の理論ですが、それと同時に批判も大きく取り上げられる事になります。

糖質制限批判は簡単に言えば、同じ物事を全く違う目線から見る事で全く異なる見解を示してしまう事で起こる意見の相違に過ぎないので、多くの糖質制限実践者たるセイゲニストは対岸の火事を見るように捉えています。

「専門家の知識などネットでしっかり勉強した素人に負ける時代。だからこそ専門家こそ知識の更新に必死にならないといけない」

これは逆説的に専門家の意見こそ私見と従来の常識に塗れているので間違っている可能性があるという事です。しかも、その正誤を判断する為には素人である情報受信者こそが多くの知識を持たなくてはいけないという事でもあります。

さて、そんなセイゲニストが鼻で笑ってスルーしてしまう専門家様の批判ご意見の中に、糖質摂取量が不足すると筋肉を分解してエネルギーを確保しようとするから危険であるというものがあります。

それでは、この意見の一体どこがおかしいのかを考察していきます。原因を探らず常識を前提にすると、要因と結果を繋ぎ合わせて無茶苦茶な理論になるという危険性も指摘していきます。

①飢餓状態

よく筋肉分解を起こしてエネルギーを得ているような状態の事を飢餓状態あるいは飢餓モードと呼ぶことがあります。

糖質摂取量が不足すると飢餓モードに入ってしまうから筋肉が分解される、あるいは筋肉維持に糖質が必要だから筋肉が分解されると言われますが、果たしてそれは本当なんでしょうか?

厳密に言うと飢餓と空腹は異なるものです。

糖質を摂取しないと空腹を感じるというのはエネルギー産生をどちらに頼っているかという話であり、脂質をエネルギーにする為のミトコンドリアのエネルギー産生をうまく行えないくらい栄養不足を来している現代人の最大の問題点でも有ります。

糖質を摂取しないと空腹を感じるというのは、精白糖質を摂取しているからエネルギーがすぐに不足するという事を意味しているので、糖質摂取に傾いているからこそ飢餓に陥っているというのが糖質制限側の理屈です。

飢餓とはエネルギーが不足して起こるのではなく栄養素が不足して起こるものですが、糖質を摂取してこそエネルギーとなるとだけ思い込んでしまうとたんぱく質や脂質、ビタミンやミネラルの重要性を見過ごしてしまいます。

糖質を食べるから飢餓になる。それほどまでに現代人の食事は糖質まみれになっているわけです。

その糖質まみれを前提にしているのが現行栄養学の論点であり、糖質まみれを前提にしないで話をしているのが糖質制限を中心とする新しい栄養学の論点ですから、同じものを見ても答えが異なるのは当然なわけですね。

②筋肉分解は常に起こっている

糖質制限では飢餓に陥るから筋肉が分解されるという話は実はかなりの暴論で、それは①の飢餓に対する考え方からも明らかです。

更におかしな点は糖質摂取をしていれば筋肉の分解が防げると信じている点です。

筋肉はグリコーゲン、つまり糖質を貯蔵します。緊急性の高い運動を瞬時に行うためのエネルギーとして貯蔵するからです。

筋肉があれば糖質を貯蔵できる量は増えますが、それは糖質を摂取していればそれを貯蔵する筋肉が維持されるというのはナンセンスな話です。

ヒトの身体には新陳代謝というものが常に行われています。人類の身体を構成するものは期間の差こそあれど全てが毎日入れ替わっており、数年で身体の細胞は全く違うものに切り替わります。

飢餓でなくても体組織が切り替わっていくのであれば、体組織の元であるたんぱく質や脂質を優先して摂取するというのが糖質制限の骨子であり、糖質摂取優先の立場になるとそこら辺が適当になりがちです。

これらの意見の相違が出てくるのは見解が異なるせいなのは明らかですが、最も大きな相違点が「糖質を適量摂取にコントロール出来ている側からの一方的な意見」に過ぎないという点です。

そうじゃなく科学の側から物事を捉えると、どうしようもないと思っていた部分にも違いが見えてくる為に救われるヒトも少なからずいるという事実に着目するべきなのですが、どうしてもヒトは常識から抜け出せないものです。

この辺りはリア充の意見が自分本位で非リア充には全く理解できないというものと似ているものがありますね。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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