盛り上がるタバコ受動喫煙問題への議論。何故喫煙者は責められているのか? ようやく踏み出し始めた「真っ当な議論をする」環境づくり




おはようございます。リンさんです。

糖質制限と同じタイミングくらいで禁煙を始めました。それまで紙巻、メンソール、オーガニックタバコ葉使用の銘柄、電子タバコと吸ってきましたが、依存症とそのメカニズムを糖質依存という別の形で体験することによってタバコを吸わなくていいと思う気持ちがカッチリ固まったおかげか、タバコを吸おうという気持ちすら起こりません。

タバコ止めるかと決めた後からずっと「あー。タバコが吸いたい」という状態にならないんです。

不思議なもんです。あれほど執着していたものだったのに、無ければまるで最初から存在していなかったかのような感覚すら覚えます。本来の意味で「嗜好品」という位置づけになったのかもしれませんね。

今回は、元喫煙者が現在の喫煙者の見苦しいまでのタバコ擁護論を繰り広げている様をどれだけ冷ややかに見ているのかを書いていこうと思います。

「タバコ」と「個人の責任」という暴論

タバコは身体に悪い。これは全世界に共通する概念です。

タバコは他人の身体にも悪い。これを考えられるかどうかでその社会が健康に対してどれだけ成熟しているかが分かります。この感覚を持ち合わせられない喫煙者は昭和の価値観でストップしていると断じることが出来ます。

ここではそんなヒトたちを昭和タバコゾンビと呼ぶことにしましょう。ゾンビはヒトを襲う本能しか持っていない存在であり、ブードゥー教におけるゾンビはシャーマンの操り人形ですから、タバコに操られている喫煙者にピッタリです。

まず昭和タバコゾンビさんは価値観と世界の常識的感覚をアップデートすることに努めましょうね。

受動喫煙に対する世間の厳しい批判

現代においてタバコ、喫煙のイメージは非常に悪くなっています。喫煙者の社会的責任感の欠如が目立つことも大きな理由ですが最も大きな問題は受動喫煙の問題でしょうね。

知らない方はいないと思いますが、受動喫煙問題とは喫煙者の吸ったタバコ。その燃焼部分から出るフィルターを通さない発ガン物質が200種類以上含まれている煙を喫煙者でもないヒトが吸い込んでしまうことにより健康被害を被るという問題です。

この問題は対策が難しいものです。受動喫煙で問題となるのはタバコの煙、つまり副流煙なのです。近所で焚き火をされて洗濯物が臭くなった経験はないでしょうか?

そうです。煙はどこにでも侵入しそしてどこにでも定着します。にも関わらず昭和タバコゾンビの皆さんは喫煙所を利用しない、歩きタバコを平気でする、子どもの前でも平気で吸う、家庭内では更に横暴の限りを尽くしているという現状です。

そしてこれを個人の責任の延長であるとか、家庭内では自由にしたいとかアホなことを言います。昭和タバコゾンビさんが個人で吸った後の副流煙を100%無効化できるのなら個人責任の論理は成り立ちます。家庭で自由にしたいという願望も、相手の健康度に影響を与えない喫煙法を実践できるのならば成立するのでしょう。

しかし現実にそんなことは不可能です。ということは、他人の健康を害しても構わないから吸わしてくれと大声で言っているわけです。

こんな事が往々にしてあるので喫煙所を利用する、子どものいる所では吸わない、公の場では吸わないといった喫煙者としてのルールを守ろうとしているヒトも一緒くたにされて悪者扱いなんです。まあ悪者なのは間違っていませんけど……。昭和タバコゾンビさんたちはその自覚が足りなさ過ぎるだけの話です。

肩身の狭さを主張する喫煙者

中々笑える話になりますが昭和タバコゾンビさんの中には喫煙者として肩身が狭いことを主張して、同情を得ようとするヒトもいます。

コイツも可笑しな話です。喫煙は他人の健康を害する行為であり、喫煙を行うヒトというのは世界的・世間的な常識から考えて悪です。悪が一般人に情けを請うているという状況なんです。

常識を疑う事が常々必要だと言っていますが、自分の身体を利用して実践する事に関してはそれが当てはまります。しかし他人の健康を害する事が分かっている行為をするのは間違いであると断言できます。

才能と喫煙

一方で喫煙者の中には、かのドラゴンクエストの作曲家である敬愛するすぎやまこういち先生など有名でクリエイティブな職業に就いている方もいらっしゃいます。

リンさんは、すぎやま先生のプライベートを全て理解しているわけでないので断じることは出来ませんが愛煙家と昭和タバコゾンビさんは全くの別物だと思っています。タバコがクリエイティブな活動に影響を与えるというのは事実だと思います。

紫煙をくゆらす合間に神の如きアイデアが降りてくる……ロマンの無い言い方をすればタバコに含まれる各種興奮物質が脳の報酬領域を刺激しドーパミンを大量分泌させることにより普段は繋がらないはずの脳領域が繋がることでアイデアの断片が浮かぶ

そしてそのアイデアの断片を繋ぎ合わせて形に出来るヒトがクリエイティブな活動を行える天才になっているのだと思うからです。

しかしこういった方は稀有な存在です。タバコのもたらすドーパミンでクリエイティブな活動が出来るようになるヒトが大勢発現しているのであれば、今頃日本は芸術大国にでもなっていることでしょう。

すぎやま先生のようなタイプと昭和タバコゾンビさんとでは論点が違います。すぎやま先生はクリエイティビティがタバコと結びついているという結論を持って愛煙家としての立場から発言されているように感じます。

もちろんそれはクリエイティブな活動を行うという建前なら他者の健康を害する可能性のある場面でタバコを吸ってよいという話ではありません

昭和タバコゾンビさんの「とにかく他人などどうでもいいから吸わせてくれ」という理屈にちょっともっともらしい理由がくっ付いたに過ぎないわけです。

それはどうぞご自分の創作スペースで自由にやって下さいませという意見しか出ないと思います。事実タバコが創作活動に与えるものとは脳領域の誤作動によるインスピレーションの発生なのであって、モノを作る原動力ではないのです。

最も大事なのは大多数を占めるタバコを吸わないヒトの常識を軸として「健康を害さないように喫煙者に配慮を求めます」という議論を今現在行っているという事実なんです。

喫煙者によって肩身の狭いハラスメントを受け続けてきた受動喫煙被害者と言える健常者

喫煙者は現在、嫌煙という名目の下でハラスメントを受けていると躍起にイメージ戦略を行っています。しかしそれは果たして正当な反論なのでしょうか?

ハラスメントを受けるという事は自らの落ち度が無い上でいわれのない理不尽を受けるという状況の事です。

よーく考えてみましょう。

今まで非喫煙者は昭和タバコゾンビの皆さんに、「臭いからタバコの量を減らしてくれ」「出来るだけ子どものいる前で吸わないでくれ」「健康で長生きしてほしいからタバコを止めてくれ」「喫煙所があるなら、その中に入って吸ってくれ」「歩きタバコは危ないから止めてくれ」などなど様々な意見をしてきたかと思います。

さて、昭和タバコゾンビの皆さんはどう返しましたか?

うるさい」ですか? 「俺の勝手だろ」ですか?

そうですね。つまり昭和タバコゾンビの皆さんは今まで散々お願いされてきているんです。そしてそれをことごとく破ってきている。

非喫煙者はそうなると最終手段しかありません。同じハラスメントを以って相手を屈服させるしかないのです。

肩身が狭いと思っているのですか? 風当たりが強いと思っているのですか?

当たり前です。今まで昭和タバコゾンビの皆さんが相手にしてきたことをそのままやり返されているのですから。「俺に落ち度は無い」ではなく、喫煙者という枠でヒト括りなんです。

真っ当な議論をするための健全な環境づくり。健常者の立場に立った議論

多数派が常に正しい結論を導き出すとは限りません。しかし現状の認識は喫煙による受動喫煙は健康への影響度合いが非常に強く喫煙者は柔らかく注意を促したところで理解すら出来ないというものでほぼ間違いないでしょう。

喫煙者はどんな理由があってもタバコを擁護します。依存しているからです。依存状態からは真っ当な意見は出てきません。喫煙という問題において健全な議論を行おうとするのであれば「タバコを吸わない者」の立場に立って議論する必要があります。

それは選民的な手法ではなく、どちらかと言えば受動喫煙による長年の迫害からの開放を意味します。

昭和タバコゾンビのパートナーになってタバコを吸わないのに喫煙性肺がんになってしまったヒト。パートナーの喫煙による非喫煙者の肺がん発症リスクは約2倍になります。

昭和タバコゾンビの溢れる飲み会に連れて行かれ迷惑を被った非喫煙者。これはリンさんも思うところがあります。知識と常識をアップデートできなかったアノ頃の愚かな自分を恥じます。

子どもの遊ぶ場所で平気で喫煙する昭和タバコゾンビの皆さん。こういった存在は年齢問わず老害です。速やかに駆逐しましょう。

こういった事実が積み重なって昭和タバコゾンビさんと非喫煙者の軋轢は深まったわけです。昭和タバコゾンビの皆さんにそういう自覚はあるでしょうか?

正に迫害からの開放。健常者による健常者の為のタバコ議論の開始です。

議論の本質と根幹

昭和タバコゾンビと愛煙家と非喫煙者の議論はまず方向性が異なりすぎて絡み合いません。

しかし依存症を持っている集団が主体となる議論ではなく、依存症を持っていない大多数を占める集団による議論が中心になることにより、ようやく議論は本質を持つようになって来ました。

つまり「受動喫煙を防ぐために法律的に出来ることは何か?」という点と「受動喫煙を容認する昭和タバコゾンビさんの意識をどう変えるのか?」特に「家庭内は自由だという論理を下に家族やパートナーの健康を害するハラスメントをどう止めるのか?」という点です。

既に非喫煙者の多くが受動喫煙に関して厳しい意見を持っています。もし「俺の前でそんな事言うヤツいねえよ」と思う昭和タバコゾンビの方がいらっしゃるとすれば、それはアナタの周りで意見をいう事が無駄だと判断されているだけです。

そういった昭和タバコゾンビさんはいずれ駆逐されるだけの運命になりますので、今のうちに知識をアップデートして退治されないように頑張って下さい。現状でも議論の主戦場に上げてもらえなくなっていますから末路は想像するに悲惨だと思いますよ。

副流煙が問題の根幹だという認識はあるのか?

この議論は「副流煙による受動喫煙」を最も大きな問題として捉えています。そしてそれを他人へ強要している昭和タバコゾンビさんたちの認識をどうやってアップデートしていくのかという議論へと進んでいくわけですが、依存によってタバコを守るように仕向けられている愛煙家や昭和タバコゾンビの皆さんはそこんところを上手いこと理解できていません。

それどころか人権侵害と同じレベルで物事を語ります。曰く自分たち喫煙者が人権侵害をされていると。しかし現実問題、人権侵害をしてきたのは間違いなく喫煙者であり今でも現在進行形で人権侵害をしているのです。この部分は何度も言いますが今の世界的な風潮です。

過熱式電子タバコ

もちろん過熱式の電子タバコで副流煙のあまり出ないと言われているものにまで厳しい規制を設けたりすることにはリンさんも疑問ですし、それはファディズムと言われるものでしょう。

倫理的に喫煙所内で吸うことや子どものいる所では吸わないなどの問題をクリアするのであれば、このような電子タバコにまで踏み込むことは好ましくないとは思います。

もちろんそれは過熱式電子タバコならいくらでも吸っていいという推奨ではありません。副流煙だって本当に出ないのかどうかも結論を出すのは早すぎます。知識をアップデートした上で選ぶという人間の知恵ある感覚で下した結論だから尊重するべきだろうと思うだけです。

禁煙ではなく絶煙・断煙のための知識アップデート

禁煙と聞くと苦しい。嫌煙と聞くと耳障り。だから絶煙・断煙しましょう。煙と縁を切りましょう。ということでここからはタバコに関しての知識をアップデートすることにしましょう。

  • 喫煙しなくても世界はそれほど辛くないしストレスも大きくない。アナタの世界を不安にさせるもの。その正体こそタバコだと気付こう

よく「喫煙でストレスを解消している」と言いますね。しかし上手くいかない時にイライラする現象は上手くいかない事に対するイライラだけです。ストレスは個別に存在するので、全てのストレスゲージは全く別個のものです

例えば「①仕事が上手くいかない」「②非常に腹が立つ相手がいる」「③自分に自信が無い」といったものはそれぞれ別個のものです。

①は仕事中は存在するけど仕事が終われば存在しません。②も相手が近くにいるときだけ存在します。③は自分自身への問題なので常に存在しているかもしれません。それでも常に存在するわけでなく自信が無い場面に遭遇しなければ存在しませんね。

では「タバコが吸えないストレス」はどう判断できるのでしょうか?

仕事がうまくいかないからタバコが吸いたくなるのでしょうか? 腹が立つ相手がいるからタバコが吸いたくなるのでしょうか? 自分に自信が無いからタバコが吸いたくなるのでしょうか?

違いますね。正解はタバコが吸いたくなるからタバコを吸えないストレスを感じるんです。喫煙によるストレスとは喫煙を行っているヒトだけに訪れるものです。喫煙者はわざわざストレスになる原因を増やしている。そういうことです。

  • 他者への配慮から始める絶煙・断煙

喫煙者はニコチンによる依存症の為にタバコの摂取に関して判定が甘くなります。まずは他者への配慮を思うところから始めるべきだと思います。

他者が自分の喫煙空間に入り込んでくるのではなく、アナタが多くのヒトが日常を送る空間に煙を持ち込んでいるんです。

子どもはタバコが危険だと判断できる年齢になるまで時間がかかります。喫煙していないヒトが煙の臭いを嗅ぐ前に喫煙者と副流煙の存在に気付くことは不可能です。であるならば配慮するべきはどちら側なのかはすぐに結論が出ると思います。

  • 他者配慮を思えるようになった後に、自分の健康の事を考える

他者へ配慮する姿勢を持ち、喫煙空間と非喫煙者の存在に意識を傾けると自然と喫煙者への世間の評価も見えてくると思います。

これが理解できないうちは、自分の健康だけを考える禁煙法なんて全くの無駄です。ヒトは自分が設定した目的ほどすぐに変更するという特徴を持った生物です。

誰かの迷惑になっていると理解した後で自分自身の為の理由を見つけられたほうが軸としてブレにくいものができます。他者への貢献が自己肯定感に繋がります。

  • タバコは植物の作り出した依存性の高いドク

タバコはタバコという植物の葉から抽出した物質で作られています。これは非常に中毒性・依存性の強いドクです。植物は生き残る戦略の為にドクを身体に有しています。それをたまたま摂取したヒトがクスリであると感じたりドクであると感じたりしているだけなんです。

しかし時に中毒性を持ってヒトの手によって繁殖を続けようとする植物が存在します。代表的なものがタバコ、アルコール、ドラッグ、糖質です。これらは全て植物の持つ成分です。タバコやドラッグは中毒性のある麻薬として、戦場に赴いて精神を病んだ兵士に対して支給されたことにより爆発的に普及しました。

アルコールは世界中で多くの植物から作られている快楽物質です。日本酒はコメ、ビールは大麦とホップ、ワインはブドウ、焼酎はコメ・芋・ムギ、マッコリもコメ、ウィスキーはムギ、ブランデーはブドウとまあ見事に植物から得られるものばかり。

糖質も植物が多く含有する物質です。最も糖質の多いものは穀物。世界中で1番多く栽培されている植物はサトウキビ、その次にトウモロコシです。

植物の生き残り戦略は単純明快。含まれた依存物質でメロメロにして受粉の助けを行える種族を手なづけ、受粉の助けを行う種族が増えすぎないように依存物質で間引くわけです。

ヒトは植物の大量栽培に成功しているのに人口が減っていないじゃないかですって? ヒトはヒトという種の根本的な肉体構造と自然環境という名の存在そのものを無視して単一の穀物を大量生産しているだけです。

植物の作り出す気持ち良いという勘違いを起こす悪夢の中で送る人生なんて皮肉を得ること無く、アナタ自身の人生を生きる必要があります。

まとめます

  1. 知識をアップデートしましょう。
  2. 喫煙は受動喫煙をどうするかという問題を非喫煙者ベースで理論構築できる環境になっています。喫煙者の主張は基本的に依存症の戯言クラスで片付けられています。
  3. それというのも長い間喫煙者自身が非喫煙者の声を無視し続けて来たため。議論ではなくハラスメントで直接分からせないといけないと思われたから。
  4. 喫煙者の被害主張は空しいだけです。そもそも被害というのなら長年非喫煙者の方が受けています。
  5. 愛煙家と昭和タバコゾンビと非喫煙者ではタバコに関する議論の軸が違いすぎます。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です