日本の裁量労働制の議論が抱える致命的な1つの矛盾




おはようございます。リンさんです。

最近、車のボディに結構な数のキズがあることに気付きました。

ぶつけたような記憶も無いし、ぶつけられた記憶も無いのにキズがある時って何の理由でキズがついたんでしょうかね~。……イタズラだったら恐ろしいなと思ってしまいます。

だって、リンさんただのオッサンです。そんな人種にイタズラしているんだとしたらソイツはただのオッサンよりもランクが低いただの暇人になってしまいます。

とか何とか思いましたが、きっとどこかでぶつけたのを都合よく忘れているんでしょう。そういうところをあんまり細かく考えないので結構忘れちゃうんです。

カタチあるものは必ず壊れますからね。

残業増加と生産性向上、双方に共通する問題点

世の中は働き改革だなんだと大騒ぎしていますね。日本人の労働時間というのは確かに長いので労働時間が短くなったりするのは良い事なのかもしれません。

特に過労死が多くのマスコミで報道された事により月100時間を越えるような残業は過労死ラインと呼ばれ、労働時間の短縮にまずは残業時間の削減だと躍起になっています。

またアニメ「おそ松クン」のイヤミというキャラクターよろしく「おフランスでは……」などと言い欧米の仕事に対する考え方や労働環境そのものを素晴らしいと取りざたしたりもしています。

しかし、本当にそうでしょうか?

確かにおフランスでは週労働時間が35時間と決められています。また日曜日に働く事は「罰」であるという考え方も手伝い、日曜に働くと言うのであればそもそも働かないんだけど働くとしたら割増の給料で働きますというのが普通です。

これだけを聞くと確かにおフランスでは素晴らしい生産性の向上した働き方をしていると思ってしまいがちですが、おフランスはおフランスで問題を抱えているというのが当たり前の現実です。

フランスの問題は生産性の向上という方向性にシフトしていった為に労働力の確保がおろそかになった点です。これって実は日本でも同じ問題が起こっているってご存知ですか?

日本では労働時間を増加させる事で少ない労働力と生産性を穴埋めしようとしていたが、今になって労働力を確保してこなかったツケを払っているんですね。

つまり労働時間の増加と労働人口の減少によって日本では過労死が起こりフランスでは生産性を向上させるという方向性に舵を切った為に雇用数が減少し、それでも更なる生産性向上を求められている為に「1人あたりの仕事密度」が爆発的に増加し過労死が起こっているというわけです。

ここから読取れる事は1つ。

生産性の向上だけ、労働時間の純粋な増加だけの施策では労働者の環境は改善しないという事です。

では何故、こういった考え方だけではなく「労働人口の増加」というやつをアプローチとして持たないのか?

労働の仕方を決めるのに労働者は蚊帳の外

フランスがどのような議論で生産性の向上にシフトしたのかは分かりませんが、日本で今行われている裁量労働制であったり生産性の向上であったりする議論を見ていると不思議に思いませんか?

こういった議論に参加している面子と言えば、法律として機能させる為の「為政者」、会社に対して機能させる為の「経営者」、労働者の社会を研究している「専門家」など全て「管理者」ばかりで議論しています。

「為政者」は国のカタチを整える為の枠を作り、「経営者」は出来上がったルールを会社に浸透させ、「専門家」は労働者の社会がどういった仕組みで成り立っているのかを考えます。

さて、何か1つのものが対象となる議論でその対象物を除外して進める議論に意味はあるのでしょうか?

本来そこに意味はありませんね。でもそれをする意味が1つだけ存在します。

為政者や経営者にとって無駄に時間を食ってしまうから労働者本人を対象とせずに専門家の意見で代用しているわけです。実際の所、労働者だけに限った話ではないですが環境というものは個別にずいぶんと差のあるものです。

更に会社を存続させる事を至上価値としてきた日本では労働者というものは「人件費」という名前の費用なので、労働者の権利と言う概念が薄いです。

労働組合を始めとする労働者側組織との交渉を面倒ごと、注文の多い労働者という風に位置づける日本では労働者を増やして1人あたりの労働時間を削減し生産性を更に向上させようなんて発想がそもそも浮かんでこなかったわけです。

ということはですね、それを踏まえたうえで労働者の労働時間削減や生産性向上を議論している今の日本では逆の事を考える必要があるわけです。

残業時間の削減や生産性の向上についての議論で労働者の雇用増加の話をまともにしていないということはつまり……おフランスと同じ道を辿る可能性があるという事です。

1人あたりの労働時間が週35時間で固定され雇用数が増加しないという事になれば、これから先の労働は1人あたりの生産性が更に求められる事になります。

それはつまり労働時間こそ短いけど労働の密度は今よりはるかにキツいということです。

雇用数を増加して生産性を上げようとしなければ、行き着き先は月100時間の残業で賄っていた労働の質を週35時間の残業無し労働で賄わなきゃならなくなるというところでしょう。

単純に1人の仕事量は3倍以上になりますよね。そんな未来は嫌ですわ。こいつが今の議論で問題点なんじゃね? ってリンさんが思う点です。

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます。










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